令和2年7月の梅雨前線に伴う大雨について(その3: 太平洋からの影響)

2021.9.15 追加 筑波大学広報「注目の研究」

2020.7.17

 本テーマについては、これまで2回に分けて速報的解説を行ってまいりました。特に日本の南側での高気圧性循環偏差に関して、H1(下図)については、インド洋の昇温による遠隔影響(ケルビン波応答に伴うエクマン発散)、H2については、中高緯度を伝播するロスビー波束の寄与をご紹介しました(➠Link)。このページでは、太平洋の海水温変動に伴うH1(H2)への影響について整理を試みます。

 まず最初に、現在のエルニーニョの状況を見ていきます。最新のエルニーニョ監視速報によると「6月現在では 一部にラニーニャ現象時の特徴も見られるが、エルニーニョ現象もラニーニャ現象も 発生していない平常の状態となっているとみられる」と診断されています。  

 また、今後については「今後秋にかけてラニーニャ現象が発生する可能性もある(40%)」との予測となっています。

   現在の状況に戻ります。下図の右側(上段)に海面水温偏差を示します。エルニーニョ監視領域の海面水温だけを見ればラニーニャには分類されませんが、海面水温の空間パターンは典型的なラニーニャ型になっています。

 赤道における海水温の東西時間断面図(左図)では、昨年(2019年)の秋から初冬にかけて最盛期を迎えたインド洋ダイポールモードが明瞭に確認され、特に秋から現在にかけて冷水ケルビン波が西太平洋から日付変更線を超えて東に伝播している様子を見ることができます。以上をまとめると、秋のインド洋ダイポールに引き続き、冬のインド洋全域昇温、夏から秋冬にかけてのラニーニャへの遷移、のようにまとめることができます。

 次に、日付変更線の西側に位置する赤道太平洋での対流活動を見ると(右図、下段)、日付変更線から西大平ようにかけて対流活動が強く抑制されていることに気づきます。

 本題に入ります。先ほどの日付変更線から西側の対流不活発は、大気加熱において冷源偏差として認識することができます。この影響については、幾つかの先行研究があります。

 (a) ロカールな大気海洋フィードバック(Wang et al. 2000; JCLIM)

 日付変更線の西側(140°E-180)で負のSST偏差があった場合、貿易風とのカップリングでフィリピン高気圧が強まるというもので、西太平洋振動子とも呼ばれています。

 

  (b) 大気のMatsuno-Gill型の冷源応答(e.g., Kim et al. 2011;JCLIM)

 夏から秋にかけてラニーニャが出現した場合には、西太平洋の広域で高気圧性循環偏差となること(左段下図)、また日付変更線付近の対流活動が活発化するエルニーニョModoki(もどき)現象時には低気圧性偏差になることが(左図上段)観測結果からわかっています。現在の状況は、Modoki現象の反対に相当(対流不活発=冷源偏差)しますので、その場合は高気圧性循環偏差となることが想像されます。

 なお、昨年度の修士論文(直井;釜江指導)では(右図)、夏のラニーニャを想定した線形傾圧モデル(LBM)による熱源応答実験で(150°E-150°Wの負の非断熱加熱)、フイリピンHighの強化を定性的ながら確認しています。

 このような背景の下、現在、気候モデルに海面水温偏差を与えた感度実験を開始しましたので、改めて結果をご報告できると思います。もし、ラニーニャ的な海面水温偏差が一定程度、フィリピン高気圧(H1)の強化に効いていたとすれば、秋から続くインド洋の昇温に伴う遠隔強制との相乗効果で、H1の強化が生じていたことになり、近年注目されている海盆間相互作用(Inter-basin Interaction)の観点から、季節予報をより高い精度で実施できる可能性を示すものと期待されます。

 少し専門的になってしまいました。結果をまとめる際には、もう少しわかりやくすお伝えするよう務めます。

 

参考文献

Naoi, M., Y. Kamae, H. Ueda, and W. Mei, 2020: Impacts of seasonal transitions of ENSO on atmospheric river activity over East Asia. J. Meteor. Soc. Japan, 98, 655-658
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jmsj/98/3/98_2020-027/_pdf/-char/ja

Wang, B., R. Wu and X. Fu, 2000: Pacific-east Asian teleconnection: How does ENSO affect East Asian climate? J. Climate, 13, 1517-1536.
https://journals.ametsoc.org/jcli/article/13/9/1517/29282/Pacific-East-Asian-Teleconnection-How-Does-ENSO

Kim, H., P. J. Webster, J. and J. Curry, 2011: Modulation of North Pacific tropical cyclone activity by three phases of ENSO. J. Climate, 24, 1839-1849
https://journals.ametsoc.org/jcli/article/24/6/1839/32750/Modulation-of-North-Pacific-Tropical-Cyclone


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