平成27年 冷夏・多雨

2015.09.15

(1-1) 2015年(H27年)夏後半の多雨について


国土交通省 関東地方整備局ポータルサイトより転載


【日本の天候と世界の気候との関係】

今回の集中豪雨、それを引き起こした台風の動きは、どのようにグローバル気候変動と関係していたのでしょうか。まずは、冷静に観測事実を確認していきます。図1は、8月の中旬から9月上旬の一ヶ月間における降雨量(補足1)の平年との差(以下偏差と呼びます)を示しています。


図1 2015.8.10から2015.9.10における平年からの偏差。陰影はOLRを示す。(Source;米国海洋大気庁)


上図の日本付近に注目すると、中国南部から日本にかけて北東方向に帯状に降水量が多い地域が確認されます。8月後半からあまり天候がよくありませんでしたが、この状況は、日本上空だけでなく、東アジアの広域で生じていたことが判ります。気圧の場で見れば、緑の楕円で示すように、低気圧性の循環が強まっていたと考えられます。一方、熱帯地方に目を転じると、西太平洋洋を中心に広く降水の少ない状態になっているのが読み取れます。同じく気圧場で見ると、高気圧性偏差に覆われていたと言えます。

このように、晩夏の不順な天候は、日本に近接する熱帯太平洋域での変動が関係していそうであると推測できます。結論から先に申しますと、西太平洋上の対流活動が不活発であったことが、日本付近の低圧偏差の要因の一つで、その背景には、エル・ニーニョ現象が関係している、と見立てています。次ページ以降では、熱帯の対流活動と日本の天候との関係、更にそれらとエルニーニョの関係を説明していきます。


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補足1)人工衛星で計測した地球から射出される外向き長波放射量の値から、雨量と対応する対流(雲)活動を推定する手法


(1-2) エル・ニーニョ/ラ・ニーニャ

2015年の夏の天候を考える前に、少しだけ季節を遡りつつ、エル・ニーニョとラ・ニーニャについて理解を深めていきます。2015の5月は、夏前としてはこれまでになく多くの台風が発生しました。この時は、長らく続いた熱帯太平洋のラ・ニーニャ(図2a)と呼ばれる状態から、エルニーニョ(図2b)に移行する段階で、日付変更線付近の赤道域での海面水温が高い状態でした。


図2 熱帯の対流活動、海面水温、海水温の様子。エル・ニーニョ時は、ラ・ニーニャ時に西太平洋で貯まっていた暖水が、中央~東太平洋の方向に移動し、これに伴って雲活動も全体に日付変更線の方向にシフトする。植田(2006;地球環境学;分担)に基づく。


気候学的には、日付変更線から西側の赤道付近は、台風の発生する場所として知られており(図3)、その海域の海水温が平年に比べて高かった(図4)ことが、2015年の5月に、いわゆる「季節外れの」台風が例年に比べてく発生した原因ではないかと見ています。詳細は修論生が研究テーマとして取り組んでいます。


図3 台風の発生と軌跡(Sugi et al. 2002; 気象集誌[web公開])


図4 2015.4.5-5.2の海面水温偏差。日付変更線付近の赤道域で海面水温が高くなっており、この地点で台風3号が発生していました。なお、この資料は、2015.5.11放映のNews23(下記は画面を写真撮影)にて、説明した資料の一部です。米国大気科学庁のデータを使用。



なぜ、このような話をしたかと言いますと、現在はエル・ニーニョの状態になっており、どのような過程を経て、ラ・ニーニャからエル・ニーニョに転じたかを説明する必要があるからです。少し専門的な話になりますが、二つの状態の遷移には、海洋波動と呼ばれる海洋の現象が密接に関係しています。ここでは、その実態を見ながら、感覚的な説明を試みます。図5aは、2015年1月の赤道に沿った海水温を示しています。暖水偏差(黄色~茶色の陰影)は西太平洋と東インド洋の海洋内部に確認できます。同年の5月になると、暖水の塊は東に移動(補足)しているのがわかります。


図5 赤道に沿った海水温偏差。Climate Diagnostic Bulletin[web公開]より引用。


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補足1)暖水ケルビン波と呼ばれる海洋波動。赤道付近に最大振幅を持つ東進波で、ラ・ニーニャからエルニーニョに遷移する際に重要な役割を担う。


前置きが長くなりましたが、次項では今年の夏の熱帯の状況を概観します。


(1-3) 2015年夏の熱帯の状況と日本の気候

ようやく、本題に近づいてきました。2015年の夏になると、完全なエル・ニーニョの状態に移行し(図6)、2015年8月のエル・ニーニョ監視領域の海面水温は、平年に比べて2.2℃高く、この値は1950年以降2番目の値となっています。つまり、2015年の夏後半は、顕著なエル・ニーニョ現象が発生した影響を受けていると解釈するのが妥当と言えます。


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図6 エルニーニョ監視領域(東太平洋:NINO3領域:5S-5N, 150W-90W)の海面水温偏差。気象庁気候系監視報告[web公開]276号より引用。


図7aに、同じく2015年8月の海面水温偏差を示します。前項の模式図をもう一度みながら読み進めてください。赤道東太平洋での昇温、西太平洋での低温傾向というように、典型的なエルニーニョの状態になっていることが見て取れます。また、この海面水温偏差に呼応した形で、対流活動も、西太平洋で不活発、東太平洋で活発化しています(比較のため前項で掲載した対流活動偏差を図7bに再掲します)。


図7a 2015年8月の海面水温偏差。気象庁気候系監視報告[web公開]276号より引用。


図7b 2015.8.10から2015.9.10における平年からの偏差。陰影はOLRを示す。データは米国海洋大気庁に基づく。


西太平洋の対流活動と、日本の夏の天候との関係については、1985年に日本の気象学者(故新田勅氏;東大)は、Pacific-Japanパターンと呼ばれる大気中を伝わる波動を発見しました。図8は、その様子を模式的に示したものです。西太平洋で活発化した対流(雲)活動の、少し西側で低気圧性の循環が作り出され、そこから日本に向かって北東方向に、高気圧、低気圧、高気圧という循環の連なりがみられます(補足1参照)。熱帯の対流活動が活発化すると、大気中を伝わる波が作り出され、その結果、熱帯から遠く離れた場所でも、気圧が上がったたり、下がったりするということを、頭に入れておいてもらえれば十分です。なお、このような遠く離れた場所に影響を及ぼす大気現象のことを、テレコネクションと呼びます。

一言でまとめるならば、「夏の西太平洋の対流活動が活発な時は、日本付近は高気圧性の循環が強化されことにより、雲の発生が抑制され、強い日差しが照りつけて、地上付近の気温が上昇する」つまり猛暑になる確率が高くなる」ということを示唆しています。


図8 Pacific-Japanパターンの模式図。NItta(1986;気象集誌[web公開])による。


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補足1)このような循環の連なりは、定常ロスビー波と呼ばれ、北半球では北東に伝播することが知られおり、テレコネクションの実態と考えられている。


一番知りたい今年の状況ですが、西太平洋の対流活動が平年に比べて弱いので、上述のPJパターンと反対の状況、つまり、日本付近は低気圧性の偏差に覆われると考えられます。なお、この仮説は、図7bの観測結果とも整合的です。また、図7bの日本の南海上に注目すると、高気圧性の循環となっており、この循環の西側を時計回りに回りこむように、水蒸気が日本列島に向かって輸送されたと考えられます。一連の台風も、この水蒸気輸送と矛盾しない経路を取っていると言えます。



以上をまとめると、以下のようになります。


2015年の夏の後半は、エル・ニーニョ現象の顕著な発達により、西太平洋の対流活動が不活発になり、その結果として、通常であれば日本付近を覆う太平洋(小笠原)高気圧があまり発達せず、低気圧性の循環偏差になっていた。通常よりも早く出現した秋雨前線や、台風の日本付近への接近は、西太平洋の高気圧性偏差と、日本付近の低気圧性偏差というテレコネクションと良い対応関係にあり、このことは熱帯からの影響が大きいことを示唆するものである。なお、エルニーニョが発達した夏の日本は、冷夏の傾向であることが、統計的にも示されており、今年の状況とも整合的である。




長文お付合いいただき、ありがとうございます。説明が不足しているところも多々ありますが、ひとまずここで筆を置きます。

© 2012 植田 宏昭 研究室.