2019年台風19号について(その2;温暖化の影響)

2019.10.20

【3. 温暖化影響】

前ページでは、今年の海面水温と台風について見てきましたが、このページでは、温暖化の影響はどの程度なのか?という質問に向き合いたいと思います。温暖化の影響を定量的に把握するためには、気候モデルを使ったイベントアトリビューション研究と呼ばれる確率情報に落とし込んだ説明が必要になりますが(参考)、本頁では近年の海面水温の変化傾向はどの程度なのか、という観測事実に焦点を当てていきます。


図1 海面水温の過去100年間の変化(全球年平均[左]、日本近海[右上]、冬の領域別トレンド[右下];[講義資料];source;気象庁)


全球年平均の海面水温の過去100年間の変化を見ると(図1左図)、過去100年で0.54℃の昇温が確認されます。日本付近にフォーカスすると、昇温傾向はより顕著になり、日本近海平均で1.21℃/100年と、全球平均の2倍以上のペースで昇温していることがわかります(図1右上)。なお、日本近海をより細かく見ると、冬の日本海での昇温率が最も大きくなっています(この話は冬の雪とも関係しますが、話がそれるので別途展開)。


図2 ラニーニャ時の海面水温と海水温偏差(Ueda et al. 2015; Nature-C.)


さて、昇温量が1℃前後ということを皆さんはどう感じられますでしょうか?値自体は大したことないじゃないか、と思う方が大半かと想像します。図2はラニーニャ時の海面水温と海水温の偏差を示しています。ここで注目していただきたのが、水温偏差の幅です。カラーバーで強調しているように、平年との水温差は1度前後にもかかわらず、実際にはエルニーニョの影響で、各地で異常気象と称される顕著な気候変動が発生しています。かなりおおざっぱな計算ですが、水温偏差が見られる水深250mまでの深さの海が一様に1℃昇温した場合、そのエネルギーを大気に放出したと仮定すると、おおよそ対流圏全体を100℃暖めるエネルギーに匹敵します。このように、海水温のわずかな変動でも、大気には(ここでは台風)大きな影響が及ぶということがイメージできるかと思います。


少し話が逸れたついでに、IPCCの最新の報告書に掲載されている海洋貯熱量の変化を図3に紹介します。


図3 海洋貯熱量の変化(IPCC-AR5より) *講義資料抜粋

詳細はIPCC-AR5を参照いただくとして、概要を述べますと、過去40数年の間に海洋は膨大な熱を吸収しているようで、その値は2.5×10**23[J]という天文学的な値です。この値を図2で示したように、単純に大気に放出したと仮定して対流圏全体の昇温量を計算すると、概算ではありますが50℃と見積もられます。実際には、すべての熱が大気に放出されるわけではないので、やや極端な説明ではあることを差し引いても、図1で確認できる日本付近の1℃以上の昇温は、決して無視できない値であることが感覚的に理解できるかと思います。

温暖化と台風の関係は多くの研究が実施されており、今後の研究結果も踏まえて、随時情報をupdateしたいと思います。一部は拙著「気候システム論」でも展開しています。


【まとめ】

以上、簡単ではありますが、台風の発生・発達と海面水温、大気循環、地球温暖化の視点から、気候監視データに基づき、既往研究の紹介も含めて解説を試みました。


【海面水温】台風の発生域から日本の南方海上までの領域では、平年(1981-2010年)に比べて1℃前後高い状況であった。日本近海は過去100年の間に1℃前後の水温上昇が確認されており、地球温暖化の影響と年々変動として認識される高水温偏差の相乗効果は、台風の発達を促進する方向に影響したと考えられる。

【大気循環】日本付近の太平洋高気圧は、例年に比べて夏から秋にかけての衰退(東への後退)が不明瞭であった。日本の南海上で卓越した東風が、台風の東(太平洋上)への移動を阻んでいた要因の一つと思われる。


国内の局所的な豪雨については、台風による湿った暖気が(南東風)が山の斜面にぶつかり、上昇気流が発生することで活発な対流活動が生じたと考えられ、メソ気象的視点からの調査も待たれます。

*2017年のポテチショック を引き起こした2016年後半の台風の集中的な発生については、論文化(JMSJ天気)していますので、プレスリリースと合わせてご覧いただければと思います。


長らく拙い文章にお付き合いいただき、ありがとうございました。

© 2012 植田 宏昭 研究室.