2021年8月の記録的降水について

2021.9.6

《序》

 令和3年8月の天候は関東以西において低温・多雨の傾向となり、とりわけ西日本や関東甲信地域では、同月の総降水量が1946年の統計開始以降、最多となりました(気象庁報道発表)。当研究室にて、そのような状況を引き起こした大気循環場の考察を試みましたので、暫定的ではありますが公開します。なお、8月の中でも特に8/11から8/19にかけては前線性の大雨が発生したことが報告されており(気象庁報道発表)、今回はその期間を含む多雨期間として、8/3から8/25までを解析対象としています。

《結》 

 先に要点をまとめますと、今年の8月の状況は、令和2年7月豪雨(気象庁報道発表)に近い状況で生じているとの結論に達しました。異なっているのは、インド洋で負のダイポールモードが発生している点ですが、太平洋への影響(Kelvin WIEDメカニズム; Xie et al. 2009)という観点で考えると、実は昨年のインド洋の全域昇温と類似の大気応答が生じていたと考えています。なお、昨年の豪雨との相違点については、最後の方に考察を加えておりますので、興味のある方はご一読下さると幸甚です。

《参考》

 令和2年7月豪雨については、日本気象学会の欧文レター雑誌(SOLA)に、当研究室で取り組んだ論文が受理(2021.7.21)となりましたので、原著のリンク(Ueda et al. 2021)をお知らせするとともに、本異常気象解説で昨年にupした内容もご参照いただければと思います。

《補足説明1》

 下記のスライドに示すように、対象期間における日本の南海上では、太平洋高気圧(小笠原高気圧;ACと表記)が平年に比べて強化されており、その西縁を迂回するように、南からの湿った水蒸気が次々と日本付近(特に西日本)に流れ込んでいることが見て取れます。

《補足説明2》

 次に熱帯海面水温(SST)を見ていきましょう。エルニーニョ監視領域の2021年7月の値は、基準値から0.2度ほど低温になっていますが(エルニーニョ監視報告)、ラニーニャ状態の基準(平年比-0.5度)は満たしていません。しかしながら、より広域のSST偏差を見ると、赤道東太平洋での低温、西太平洋での高温偏差が確認できます。絶対値としてはまだ完全なラニーニャとは断定できないものの、ラニーニャ的とは言える状況になっていると考えられます。インド洋に目を転ずれば、スマトラ沖の東インド洋を中心に、暖水偏差が出現しており、西インド洋の低温偏差との組み合わせで考えると、負のダイポールモードが発生しています(NOAA監視サイト)。なお、非断熱加熱(ほぼ降水活動に伴う大気の潜熱加熱)の偏差を見ても(下段)、東インド洋から海洋大陸付近で平年に比べて対流加熱は強化されており、その遠隔影響でフィリピン東方海上の高気圧性循環が強化されたと推測されます。また、熱帯中央太平洋では、いわゆるエルニーニョモドキ領域で対流活動が抑制されており、これに伴う大気の冷源応答(Wang et al. 2000)によって前述の日本の南のサブハイ(AC)が強化されたとも言えるかもしれません(令和2年7月豪雨時[Ueda et al.(2021)]と同じであればという前提ですが)。いずれにしても、インド洋と太平洋の海盆間相互作用を含む、相乗効果が熱帯からの影響を考える際に鍵となりそうです。

《ENSO影響の季節性》

 エルニーニョは冬に極大になり、夏に向けて急速にラニーニャに遷移することが統計的・力学的に明らかになっています(e.g., Ohba and Ueda 2010)。一方、ラニーニャの状態は複数年に渡って継続することも知られています(e.g., Ueda and Kawamura 2004Iwakiri and Watanabe 2020)。つまり、ラニーニャ年の夏は冬の状態に近くなっていることが想像されます。実際に、過去の典型的なエルニーニョ、ラニーニャ年を抽出した上で、その時の対流活動の偏差を描いて見ると(下図)、エルニーニョ年での偏差は日付変更線(180°)より西側に偏差の中心が確認され、冬から夏にかけて、対流活動指数(OLR)は1/3程度まで減衰するのに対し、ラ・ニーニャ年では、対流不活発域が日付変更線の西側にシフトするとともに、冬の状態が比較的維持されたまま夏になっていることが確認されます。

 このように、ラニーニャ年の夏に、日本の南海上の高気圧性循環が強化される傾向は、冷源偏差が西太平洋に出現し、その強度も冬に近い状態に維持されていることと関係しているようです。つまり、ENSO影響のEL/LA, 冬/夏の非対称性が、日本の夏の天候を考える上で重要と考えられます。

《インド洋と太平洋の相乗効果》

 Naoi et al. (2020)では、線形傾圧モデル(LBM;Watanabe and Kimoto 2000)を用いて、赤道中央太平洋上の冷却のみを強制すると、サブハイ(AC)の強化がフィリピン東方海上に出現することを確認しています。また、海洋大陸上の加熱を与えると、ケルビン波に伴うエクマン発散応答により、日本の南岸までAACが北に拡大する、という結果が得られています。つまり、二つが合わさることによってACが強まるとともに、その範囲が北に広がっていると解釈されます。このように、日本列島への水蒸気流入(大気の川;釜江2021)が強まるためには、ACの位置(15°N付近に留まるか、日本の南岸まで張り出すか)が鍵になりそうです。

《中高緯度からの影響》

 スライドの1枚目に示すSLP偏差を見ると、朝鮮半島から中国大陸にかけて低圧偏差が確認できます。この時期は、寒気が日本付近に流入しており、その影響で前線性の雨が増加したとも考えられます。新潟大学の本田研究室では、春日さんによる寒冷渦を特定する指標に関する論文(Kasuga et al. 2021; MWR)が受理されています。高度場の歪みの分布(形状)から寒冷渦を特定するという手法で、豪雨が生じる前にバイカル湖の西方で形成された寒冷渦が徐々に南東に進んでいる様子が捉えられています。以下の図は、本田さんのご好意で提供いただいたものになります。


  対象期間の前後を含めて、オホーツク海高気圧の強化や、中緯度でのロスビー波の砕波なども観測されており、熱帯と中高緯度相互作用の視点からの研究推進が期待されます。


(了)   2021 筑波大学気候システム学研究室(代表:植田)All Rights Reserved.

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《修正記録》
・2021.9.9 《インド洋と太平洋の相乗効果》追記《中高緯度からの影響》で解析期間を8/3~8/25に拡大したものに差し替え