令和2年7月の梅雨前線に伴う大雨について(その2+追加)

2021.9.15 追加 筑波大学広報「注目の研究」

2020.7.14追記> 「インド洋の昇温に励起されたケルビン波応答に伴うフィリピン高気圧の強化」

 対流圏下層の高度場偏差を見ると、松野ギル型の熱源応答の東側に相当するケルビン波が西インド洋から西太平洋に東方伝播している状況が確認できます。


2020.7.13

 7/8に速報的に配信した表題の件について、日本周辺に見られる高気圧性循環の強化に関する質問が多数寄せられましたので、整理を試みます。降水量と下層の大気の流れが、6/25~7/9の期間において、平年どどの程度異なっていたのかもう一度見てみましょう(図1,2)。

 日本の南海上から東方海上にかけて対流活動が抑制されており、フィリピン周辺から日本の南東海上での高気圧性偏差が確認できます。この高気圧性循環を仔細に見ると、日本の南東海上の極大(H2)のほかに、フィリピンの北東沖(H1)にも確認できます。これらの高気圧性循環の偏差領域の海面水温は平年に比べて高い(解説[その1]、図7)ので、高気圧性循環の強化の原因をローカルな海面水温に求めることができません。そこで注目されるのが、インド洋の海面水温なのです。現在のところ、インド洋は高温偏差が持続していますので、その影響を見ていくのが自然な流れになります。

 近年、エルニーニョに伴うインド洋の昇温に関して、インド洋の蓄熱(コンデンサー)効果(Capacitor effect of Indian Ocean)としてShang Ping Xie博士によって整理されています(Xie et al. 2009;JCLIM)。和文での解説は、拙著P81~を参考にしていただければと思いますが、手っ取り早くイメージをつかんでいただくために、講義スライドをupします。 Slide 1は、エルニーニョ、インド洋の海面水温、そしてフィリピン東方海上の降水量の季節的な位相差を示しています。エルニーニョ(黒線)は冬に極大を迎えまずが、インド洋の昇温(赤線)は夏にかけてピークに達しているのが確認できます。

                                      Slide 1


 インド洋昇温のメカニズムについては長くなるので、興味のある方は丹治・植田(2019)または本ページ末尾の<補足>を参照いただくことにして、話を進めます。 Slide 2(下段)は、インド洋が昇温した際の大気の応答を実験的に調べた結果です。西部北太平洋(日本の南方海上)で高気圧性(青いHのマーク)循環が作り出されているのがおわかりいただけるかと思います。専門的には、松野・ギル型の熱源応答として知られた現象で、Kelvin-wave induce Ekman Divergence(WIED)メカニズムと命名されています(Xie et al. 2009)。

                                      Slide 2 

 

 統計的には、エルニーニョ現象は冬にピークを迎えるのに、夏に冷夏になることが古くから知られていたのですが、その理由をインド洋に求めることで、季節的な位相差を論理的に説明できるようになったのです。この状況は、slide 1のグラフの緑の線で示す西太平洋の降水量の減少としても明瞭に認識できます(幾つか説明は省いています)。

 話がちょっと難しくなってしまいました。ここで「インド洋が暖まると、日本の南側で高気圧性循環が強化される」という関係を頭に入れて、もう一度 図1に戻れば、フィリピン東方海上でのH1と良い対応関係にあることがおわかりいただけるかと思います。

 

 なお、日本の南東海上に見られる高気圧性偏差(H1)は、その出現緯度が30N以北ですので、インド洋からの遠隔影響では説明が難しく、中高緯度の偏西風の中を伝播するロスビー波束が重要のようです(図3参照)。この点については、引き続き調査を行う予定です。


----------------------<補足>インド洋昇温のメカニズム-----------------------------

 参考1:気候システム学(抜粋)pdfはこちら

 参考2:丹治菜摘, 植田宏昭, 2020: 熱帯域における海水温変動を規定するインド洋・太平洋・大西洋の海盆間相互作用, 長期予報研究会拡張要旨

 補足slides:


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