2016年の台風発生数について

2016.07.11

台風発生数減少 ~ラ・ニーニャ現象の影響か夏以降増加の可能性も~」

2016.7.11 筑波大学新聞掲載記事(植田原稿)より(文体はデスマス調にしております)


例年、6月までに約5個の台風が発生することが統計的に知られていますが、今年はいまだに(2016.7.11現在)台風が発生していません。台風の発生と発達は、海水温と大気の安定度の響を強く受けることが知られています。一般に、台風は赤道北側の日付変更線辺りで発生し、太平洋上に吹く貿易風に流され、世界の中でも最も温かい西太平洋から多量の水蒸気の供給を受けて発達します。やがて、日本の南方付近に達すると、進路を北に変え、その一部は日本に到達します。

熱帯域の西太平洋と東太平洋の海水温は、東西のシーソーのように、年によって1〜3℃ほど変動します。西側の水温が低く、東側が高くなる現象をエル・ニーニョ現象と呼び、その反対をラ・ニーニャ現象と呼んでいます。熱帯域の観測データを見ると、2014年の夏頃からエル・ニーニョ現象が始まり、2015年の秋から冬にかけて最も顕著になっていました。両年が暖冬となった理由は、発達したエル・ニーニョの影響と考えられています。

話を台風に戻しましょう。今年の冬以降、エル・ニーニョ現象は急速に減衰し、現在(2016.7.11)は、ラ・ニーニャ現象の初期段階にあります。

これまでの研究によると、ラ・ニーニャ現象が発生した年は、熱帯中央〜東部太平洋の海水温が下がるため、日付変更線より西側での台風発生数が減少することがわかっています。また、月別の発生数を調べると、ラ・ニーニャの年は6月までの発生数も顕著に少ないことも分かってきました(気象学会2016秋季大会10/28[P368]で三輪・植田が発表予定)。つまり、今年台風が発生しない理由として、台風の発生域での水温が、例年よりも低いことが考えられます。

次に冒頭で述べた大気の安定度の変化について考えてみます。西太平洋域での雨や台風などの対流活動は、隣り合うインド洋の海水温の状態に起因した「テレコネクション(大気中を伝わる波動)」の影響も受けることが、近年の私たちの研究によって明らかになっています(Ueda et al. 2015; Nature-Comm)。要点を述べますと、インド洋が昇温すると、そこでの対流活動が活発化するのですが、その影響で(実際にはケルビン応答)太平洋域での下降気流偏差が現れるのです。

このことは、西太平洋における上昇気流の弱化、すなわち台風の抑制を意味しています。統計的には、ラ・ニーニャの時のインド洋の水温は、通常よりも低くなりますが、21世紀に入ってからはラ・ニーニャ現象が発生しても、水温が上昇傾向にあります。数値実験を行った検証によると、中央太平洋での低水温偏差とインド洋の昇温に伴う西太平洋での対流抑制という相乗効果によって台風の発生が抑制されていると考えるのが妥当と考えられます。

今年の夏から冬にかけてラ・ニーニャ現象が発達すると予測されています。今後ラ・ニーニャがさらに進行すれば、西太平洋の水温は上昇するので、台風は夏以降に増加する可能性が高いと見ています。今後の発生数と規模について引き続き注視していこうと思います。


*オリジナルは以下からDLできます。

>2016.7.11 筑波大学新聞(第329号)筑波大学新聞Open Access 抜粋記事

© 2012 植田 宏昭 研究室.