研究内容|筑波大学数理物質系 伊藤研究室

Research

研究内容

ナノ多孔質グラフェン合成と物理

 グラフェンは理想的な2次元物質でありその優れた特性は多岐に渡ることが知られています。材料科学の分野では、炭素のみで構成された6員環構造にもかかわらず、安価で化学耐性、耐熱性、機械耐性が強いため、金属の代替材料として、また、高い電子移動度を持つためシリコンの代替品として非常に有望視されている材料です。しかしながら、現状実用化までには至っていません。考えられる一つの理由としてはグラフェンは理想的な2次元シートであるという点が挙げられます。グラフェンは様々な優れた性能を持つことは様々な研究によって証明されていますが、同時に、炭素1個分の厚さを持つグラフェン1枚では実用的な性能は出せないことが明らかとなっています。したがって、何百枚も何千枚もグラフェンを使って実用に耐えられるレベルが出るまで性能を「加算」させる必要があります。しかし、乾電池などと違ってグラフェンの場合、1枚+1枚が2枚分の性能になる場合は限られています。つまり、グラフェンを重ねた場合、面間で予期せぬ電気ショートが起こりデバイス制御が困難になったり、面内部に分子やイオンが入り込めず化学反応が起こり難くくなるといった弊害が起きてしまいます。このように、内部構造が制御されていないために、予期せぬ電気ショートや物質輸送を促進できず、様々な応用用途に制限が出来てしまいます。このため、現在、2次元シートであるグラフェンに何とかして3次元構造を持たせようと様々な試みが行われています。特に、電気を必要とするデバイスに応用するためには1枚の連続した結晶性が高いシート(低抵抗)であることが必要とされ、グラフェンに対して機能を創出するには物質輸送が円滑に行える空間の存在が不可欠であるといえます。我々は世界に先駆けて3次元構造を持ったグラフェンの開発に成功しました。本研究はこの3次元構造を持つグラフェンを用いて新しい物理化学の展開を目指します。

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3次元ナノ多孔質グラフェントランジスタの模型図
研究内容|筑波大学数理物質系 伊藤研究室
曲率半径に依存した多孔質グラフェンの電子物性 (a)多孔質グラフェンの電子状態密度を反映した光電子分光スペクトル (b)投影面積で規格化した曲率半径に依存した多孔質グラフェン電気抵抗のゲート電圧依存性
研究内容|筑波大学数理物質系 伊藤研究室
ナノ多孔質ニッケル上に成長した3次元ナノ多孔質グラフェン(左)とニッケルを溶かした後の3次元ナノ多孔質グラフェン単体(右)

再生エネルギー電力からの
エネルギーキャリア創生

 グラフェンは理想的な2次元物質でありその優れた特性は多岐に渡ることが知られています。再生可能かつ究極にクリーンなエネルギー源である水素は、我が国日本のエネルギー事情の改善と公害問題を解決しうる理想的なエネルギーキャリアの一つです。環境負荷軽減の可能性を秘めた水素を主要エネルギーとして成長させていくにはいくつか方針がありますが、我々は特に「再生可能エネルギー電力」である風力発電、水力発電、太陽発電、地熱発電などで発電された電気に着目します。気候変動する電力や電力消費地から遠い場所で発電された送電コストの高い電力は「止められない、貯められない、送電が効率的ではない電気」ですが、それらの電気をその場で水素分子に化学変換することで「貯められる・運搬可能な電気」に生まれ変わります。つまり、これまで採算が取れず発電に適さなかった場所でも電気を水素分子というエネルギーキャリアに変換させることで「発電」が可能となります。これら再生可能エネルギーを用いて発電された電気を用いてエネルギーキャリア生成が広まれば、化石燃料一極集中による様々な諸問題が解決するのではないかと期待されています。本研究は、電力を効率よく水素に直接変換する手法を開発し、燃料電池や水素ステーション普及のための安定した必要十分量の水素供給源の確立のための新しい基盤技術創生を目指す研究を行っています。また、最終的に世界中で普及しているテクノロジーはいつも最高性能とは限らず、多くは安くて簡単に出来るものが多いので、最高パフォーマンスを持つとされている魅力的な材料をいかに簡略な手順で安く大量に再現できるかという材料作製工程の改良にも挑戦します。

研究内容|筑波大学数理物質系 伊藤研究室
3次元ナノ多孔質グラフェンの模型とチューブの外部と内部で水素生成。赤が硫黄原子、緑が窒素原子。

数学を用いた炭素系触媒設計

 立体的な3次元構造を持つカーボンネットワーク材料(以下、3次元グラフェンと呼ぶ)が多種多様な特性を示したことから、応用研究が盛んに展開されています。2次元のグラフェンシートを曲げて3次元構造を形成した3次元グラフェンは、2次元グラフェンより優れた特性を示すことが知られています。さらに、それに窒素などの化学元素をドープすると、入手しやすい安価な炭素材料で貴金属を使用しない水素製造用触媒になるなど役に立ちかつ優れた機能を持つと報告されています。しかし、曲げただけで特性が向上する理由は十分に理解されていません。3次元グラフェンを触媒利用する場合は、「化学反応場となる構造の原子レベルでの精密制御」と「3次元のネットワーク構造全体の安定性」の理解が重要です。化学反応場は、計算資源の都合上、300~1000原子集団のモデルのシミュレーションが一般的であり、300~1000原子集団のモデルから材料全体の特性を精確に理解するのは困難です。また、構造全体の安定性は、局所的な構造から類推するしかない状況です。このような背景から、効率的な触媒設計をするには、上記の制限を理解しかつ経験や勘を総動員し、膨大な選択肢から最適な解を試行錯誤しながら素早く見つけることが求められています。個人の能力に依存せず普遍的にこれらを達成するために、幾何学にあらわれる「曲率」を考察するとよいことが従来の研究でわかっていました。その中でも「ガウス曲率」は、構造の内的な歪みをあらわし、化学反応場の幾何学構造の数値化ができます。これらを取り入れた「標準実現」と呼ばれる数学モデルは直接的また直感的に幾何学構造と材料特性の関係性の理解を提供することが可能で、既存のシミュレーションよりも計算コストがかからないことから、特性の優れたカーボンネットワークの材料探索を加速させると期待されています。本研究室では、材料設計を行う上で、数学的材料設計を取り入れ、かつ、データサイエンスも導入し、未踏領域である数学データサイエンス材料連携研究を推進しています。

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数学手法によるカーボンネットワークの単純化とグラフェンの原子構造モデル (A)カーボンネットワークの単純化による標準実現と第2近接同士の反発力を加えた改善型標準実現。 (B)第一原理計算手法と改善型標準実現手法によって構築されたグラフェンの原子構造モデル。 (C)(B)の青い線に沿って各原子サイトのガウス曲率の変化を取り出した図。赤が硫黄原子、緑が窒素原子。

電気化学的二酸化炭素還元による
有用な化成品合成

 日本は、2020年10月に「2050年カーボンニュートラル」を宣言し、2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする目標を掲げています。この目標は、従来の政府方針を大幅に前倒すものであり、並大抵の努力で実現できるものではないことは想像に難くありません。地球温暖化の防止に向けてCO2排出量削減や効率的な利活用(固定化)が世界的に求められています。CO2排出量削減には再生可能エネルギーの利用促進が有効ですが、再生可能エネルギーは時間変動や地域偏在性が大きいため、これらを効率良く輸送・貯蔵する固定化技術の確立が必要とされています。このような背景から、CO2を再生可能エネルギー由来の電気エネルギーで還元して有用な化成品を合成する技術への関心が高まっています。特にギ酸やアルコールは常温で液体かつ無毒なため、水素を運ぶエネルギーキャリアとして注目を浴びています。この技術を確立することができれば、再生可能エネルギーの効率的輸送・貯蔵とCO2の固定化に貢献することができ、環境親和性の高いエネルギー貯蔵が可能となります。CO2の電気化学還元では、結晶面の調整や触媒金属の種類などが重要と考えられていますが、本研究室はCO2濃度を上げる技術に注目し、CO2をいかに早くいかに多く触媒表面へ供給するかという技術を開発しています。本技術を実用化するためには更なるファラデー効率の向上と過電圧の低減させ、これらを達成可能な触媒の設計指針を理解するための研究を進めています。以上の観点で、カーボンニュートラル達成に向けて電気化学的CO2還元により、ギ酸、メタノールなどの化成品合成研究を進めています。

研究内容|筑波大学数理物質系 伊藤研究室
Sn/rGO触媒でのCO2吸着の概念図。従来のようにSnに直接吸着するCO2(ルート1)に加えて、rGOの酸素官能基に吸着されたCO2がSnに供給される(ルート2)

耐腐食能力を持つ卑金属電極

 水の電気分解に用いられる白金電極は、コストや希少性の点から代替品の開発が急務となっています。代替品となり得る卑金属は、低コストかつ埋蔵量が豊富で、潜在的な触媒性能にも優れていますが、酸性条件下での腐食が避けられず、防食と触媒作用という背反する化学現象の両立は、原理的に不可能と考えられてきました。しかし近年、グラフェンで表面を被膜した卑金属触媒が、腐食の原因となるプロトン(酸)がグラフェン膜を透過する現象によって、腐食を抑えつつ水素発生触媒として有効に働くことが分かってきました。本研究では、この現象を多角的に検証し、防食と触媒作用を両立するメカニズムを世界で初めて明らかにしました。これまで、卑金属表面を被膜したグラフェンは、プロトンと卑金属の接触を遮断して腐食から保護する一方で、それ自体の触媒機能は失活すると考えられていました。しかし今回、炭素3~5個分の厚さのグラフェン膜が、大量のプロトンから卑金属を保護しつつ、適量のプロトンを透過させ、卑金属表面で触媒反応を起こしていることが分りました。また、このプロトン透過現象を利用した、水の電気分解用水素発生卑金属電極は、白金電極に比べて、性能的にはやや劣りますが、PEM型水電解セルで1万サイクル動作を確認しました。今後は更なる性能改良を進めていきます。

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10層のグラフェン膜に覆われた卑金属、単層グラフェン膜で覆われた卑金属、穴空きグラフェン膜で覆われた卑金属、グラフェン膜で覆われた卑金属ナノ粒子の模型。卑金属の表面に、それぞれ異なる状態のグラフェン膜が張り付いている。
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PEM水電解フルセル実験

金属空気電池

 電気自動車に搭載される大容量2次電池の開発が進んでいます。
一般的なリチウムイオン電池が単位触媒重量あたり電気容量150mAh/g(ミリアンペア時/グラム)程度で、電気自動車を160㎞走行できると言われています。金属空気電池には様々な種類がありますが、リチウム空気電池が現在主流となっています。この電池はリチウムイオン電池とは異なり、正極にコバルト系やマンガン系の化合物を用いることなく、リチウム金属、電解液と空気だけで作動し、リチウムイオン電池の5~8倍の容量を実現できると期待されています。本研究室では、リチウム以外の金属に着目し、新たな空気電池の開発と共に充放電両方の化学反応に対応した電極材料や触媒の開発を進めています。

研究内容|筑波大学数理物質系 伊藤研究室
リチウム空気電池と動作メカニズム
研究内容|筑波大学数理物質系 伊藤研究室
LED(緑)に連結したパウチ型リチウム空気電池