熱処理による楽器用木材の改質


熱処理とは?
木材を高温で加熱すると、湿気を吸いにくくなり、湿度変動に伴う寸法変化が小さくなります。また、樹種や加熱条件によっては、耐朽性の向上や質感の向上(見た目の高級感が増す、など)が期待できるため、木材の熱処理については既に多くの研究が行われてきました。
熱処理はまた、室温における経年変化を促進する方法としても検討されています。特に、楽器の分野では「古い木ほど材質が安定している。古い木ほど良い音がする」と言われており、実際に、古材は新材よりも高い値段で取引されています。


熱処理=促進老化?
熱処理材と古材は様々な点で良く似ています(色が濃い、堅い、脆い、吸湿性が低い、など)。老化と熱処理の類似点や相違点を明らかにするとともに、数十~数百年にわたる経年変化を短時間で忠実に再現することは、信頼性の高い耐用年数の評価や、文化財補修用の「人工古材」の開発、楽器用材のシーズニング期間の短縮など、様々な応用につながります。
ただ、木材をオーブンで加熱しただけでは古材を忠実に再現することはできません。


物理エージングによる一時的な効果
熱処理材の性質は、温度や時間だけでなく、処理中の湿度によっても大きく変わります。しかし、天然の老化が進行する中程度の湿度(30~90%)で熱処理した時の物性変化についてはほとんど検討されてきませんでした(湿度0%もしくは湿度100%で熱処理される場合が多い)。
我々は最近、熱処理中の湿度が木材の吸湿性や振動特性に与える影響を世界に先駆けて明らかにしました。特に「中湿度での熱処理による著しい吸湿性の変化が、物理エージングに伴う一時的(回復可能)な変化である」という発見は、多くの研究者に衝撃を与えました。つまり、これまで言われていたような熱処理の効果の一部が(場合によってはほとんどが)、梅雨時を過ぎれば元に戻ってしまうような「一時的な」効果に過ぎない可能性が出てきたからです。

様々な湿度(HRH)で熱処理したスプルース材の平衡含水率(EMC)
○:熱処理後、●:熱処理後、100%RHで吸湿処理したもの。熱処理によって吸湿性が著しく低下するが、吸湿履歴を経るとその効果の大部分が消失する。

 

スプルース材を中湿度で熱処理
したときの振動特性の変化
白:熱処理後、黒:熱処理後+100%RHでの吸湿処理後。
熱処理によって良く響くようになる(比ヤング率が増加し損失正接が低下する)が、吸湿履歴を経ると元に戻る。

老化や枯らし、熱処理などによって音響変換効率が向上しても、その効果の一部は高い湿度に曝されることによって消失します。木製楽器の品質を維持するためには、高い湿度に曝すことを避け、常に気乾状態で保存するのが望ましいと言えるでしょう。
なお、「熱処理によって古材を再現した」と謳っている楽器もありますが、その効果のほとんどは一時的なものと推測されます。


熱処理による人工老化
当研究室では、温度だけでなく、湿度の影響を考慮に入れた「時間-温度-湿度換算則」を確立しました。これにより、行き当たりばったりに熱処理するのではなく、狙った効果を得るための処理条件を合理的に決めることができるようになりました。この手法は、老化の効果を短時間で忠実に再現することができるため、世界各国の弦楽器製作者から注目されています。

時間-温度-湿度換算則については、こちらの総説でわかりやすく解説しています。

フランス弦楽器製作者協会での講演


温度と湿度を制御する加熱槽(自作)

熱処理材を用いて試作されたハープ響板


参考
K.Endo et al.: Effects of heating humidity on the physical properties of hydrothermally treated spruce wood. Wood Sci.Technol. 50, 1161-1179 (2016)
E.Obataya: Effects of natural and artificial ageing on the physical and acoustic properties of wood in musical instruments. J.Cultural Heritage DOI 10.1016/j.culher.2016.02.011 (2016)
錢谷菜々未ほか:古材および熱処理材の吸湿性および振動特性. 木材学会誌 62(6), 250-258 (2016)
N.Zeniya et al.: Application of time–temperature–humidity superposition to the mass loss of wood through hygrothermally accelerated ageing at 95–140°C and different relative humidity levels. SN Appl.Sci. 1 (2019)
https://link.springer.com/article/10.1007/s42452-018-0009-8
N.Zeniya et al.: Changes in vibrational properties and colour of spruce wood by hygrothermally accelerated ageing at 95–140°C and different relative humidity levels. SN Appl.Sci. 1 (2019)
https://link.springer.com/article/10.1007/s42452-018-0004-0
N.Zeniya et al.: Effects of water-soluble extractives on the vibrational properties and color of hygrothermally treated spruce wood. Wood Sci.Technol. (2019)
https://link.springer.com/article/10.1007/s00226-018-1069-z


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