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研究概要

 本研究室では、金属や半導体などの固体表面、およびナノ構造体におけるキャリア励起や化学反応のダイナミクスに関する研究を行っています。現在の主なテーマを以下に示します。  フェムト秒レーザー、ナノ秒波長可変レーザー、顕微分光法、リソグラフィー法、超高真空、原子・分子ビーム、計算機シミュレーションなどの技法を駆使しこれらの課題に取り組んでいます。

主なテーマ

  1. 金属表面・ナノ構造における表面プラズモンのフェムト秒ダイナミクス、特に時間分解イメージング法による研究
  2. 計算機シミュレーションによるナノ構造体の電磁場強度解析
  3. 固体表面における気体原子・分子の相互作用、特に水素の反応・散乱ダイナミクス

1.表面プラズモンのフェムト秒時間分解イメージング‐光の波束の動きを捉える‐

図.1.1 表面プラズモンの概念図
図.1.2 時間分解光電子顕微鏡法による表面プラズモンポラリトンの伝搬の時間分解イメージング(Nano Lett. 7, 470 (2007))
図.1.3 時間分解光電子顕微鏡法による局在型表面プラズモンの振動のデコヒーレンス過程の時間分解イメージング(Nano Lett. 5, 1123 (2005))
図.1.4 Auナノ粒子の暗視野顕微鏡像

 「表面プラズモン(SP)」あるいは「表面プラズモンポラリトン(SPP)」は、金属‐誘電体界面に局在する金属自由電子の集団的な遥動であり、スリットやグレーティングなどのナノ構造を形成した表面に光を照射することで励起されます(図.1.1)。 SPPは、光と同様に電磁的なエネルギーを運搬し、かつ光の回折限界以下の微細な導波構造を伝搬することができるという特徴を持ちます。このため、SPPの波を情報伝達の担い手にした小型・高速の次世代情報処理素子が実現できると考えられており、近年“プラズモニクス”と呼ばれる、表面プラズモンとその応用に関する研究分野が急速に発展しています。SPP導波路、SPP分岐路、 SPP干渉計等々“ナノ光学素子”の数々が開発されてきていますが、そのような素子の中をSPPの波束列が伝播する様子を実際に映画のように見ることができたならば、極めて有用であると考えられます。

 私達の研究ではSPPの波束を金属表面に励起するために、パルス幅が高々10フェムト秒ほどの超短パルスレーザーを用います。この様な極めて微小な時間領域においては光の電場の振動はわずか数サイクルに限られます。10フェムト秒の間に光の進む距離はわずか3μmです。このような超短パルス光は、あたかも大気中を進行するフィルムの様に薄い円盤型の波束とみなせます。ところで、光の振動数が金属のプラズマ振動数より低い場合、金属中の自由電子は光電場に追従して振動し、光波束の電場波形を電子密度のコヒーレントな振動(分極振動)として写し取ります。このようにして生成されたSPPは、それを励起した光パルスと同様の超短パルス的な波束をなし、金属‐誘電体界面の誘電特性で決定される波数とエネルギーの分散関係に従って、界面に沿って伝搬を開始します。

 私達は、10フェムト秒近紫外レーザーを基にした時間分解2光子光電子分光法と光電子顕微鏡(Photoemission electron microscope: PEEM)を組み合わせることにより、空間分解能50nm、コマ間隔0.33fsという、世界最高の時間分解能で表面プラズモンの伝播を映像化することに成功しています(図.1.2) 。金属薄膜に刻印したナノスケールのレンズ、ウェッジ等々、光学パターンにフェムト秒レーザーを照射すると、パターン上で表面プラズモンの波束が励起され、その後表面沿いに伝播していきます。また、金属ナノ粒子や金属膜の欠陥に局在する、局在型表面プラズモン(LSP)のデコヒーレンスの過程の映像化にも成功しています(図.1.3) 。

 本成果は凝縮系素励起のダイナミクスを世界で始めてサブフェムト秒のコマ間隔で動画化したものであり、プラズモニクス素子中の信号伝達や、金属/半導体複合材料中の電磁的エネルギー移動の評価に適用でき、プラズモニクス分野の発展に貢献するものと考えられます。

 最近はより長い伝搬長を有するSPP波束を映像化するため、新たに近赤外領域のフェムト秒パルス光を励起光源とする光学的な時間分解顕微鏡法を開発し、金属薄膜やナノ構造に励起されるSPP波束の時間分解イメージングとダイナミクスの解析へと研究を進めています(図.1.4)。光源のフェムト秒レーザーは自作ながら10フェムト秒の超短パルスを発生する優れものです。また解析にはFinite differential time domain (FDTD)法などの計算機シミュレーションも用います。

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2.計算機シミュレーション-FDTD法による表面プラズモンのシミュレーション

図.2.1 位相相関フェムト秒パルス対により励起される表面プラズモン波束の時間・空間発展のシミュレーション。計算モデルには、表面プラズモンの複素波数ベクトルの構造に由来する、伝搬、減衰、分散が取り込まれている。(Nano Lett. 7, 470 (2007))
図.2.2 FDTD法による表面プラズモンのシミュレーション。フェムト秒レーザーの照射により銀表面の梁構造から伝搬する表面プラズモン波束が励起される。

 スリットや溝を形成した金属表面にレーザー光を照射することにより、金属表面を伝搬する表面プラズモンポラリトンが励起されます。また、金属のナノ粒子やナノ構造を光照射すると局在型表面プラズモンが励起され、特に粒子と粒子の間のナノギャップでは100倍以上にも及ぶ電磁場強度の増強が生じます。(後者の電磁場増強は、高次高調波発生やラマン散乱、多光子励起蛍光、多光子重合反応など非線形な光学応答の強度を著しく高め、この様な効果はたとえば超高感度化学センサー等への応用が見込めることから注目されています。)

 計算機シミュレーションはこれらの現象の理解にたいへん有用です。私達の研究室では、時間領域差分(Finite differential time domain; FDDTD)法や独自に開発したモデル計算法を用い、表面プラズモンの時間的・空間的な振舞いの解析を行っています(図.2.1) 。 FDTD法では一辺数ナノメートル程度に分割した3次元メッシュ上でマックスウェル方程式の時間発展を逐次的に解いていきます。物質に誘起される電束密度D (= εE)は、誘電関数εをDrudeモデルやLorentzモデルで表現して計算されます(詳細は後述)。このようなモデルを用いることで、金属や誘電体の誘電関数の振動数(光波長)依存性を表現できます。この手法を用い、フェムト秒のパルスの照射によりナノスケールの梁やエッジ構造から表面プラズモン波束が励起される様子をシミュレーションすることができます。図2.2は、厚さ100nmの銀薄膜にフェムト秒パルスを垂直に入射した様子を示しています。パルス光は直線偏光しており偏光の向きは図の横方向です。薄膜の中央部には、同じく銀からなる高さ100nm、幅100nmの梁構造が形成してあります。入射したパルスの大部分は単純に表面で反射されてしまいますが、一部は梁の部分で表面プラズモンモードに結合し、その結果「波束」状の表面プラズモン波が梁から左右に伝搬している事が分かります。尚、私達の研究のモチベーションはこの様な波束の運動を実験的に可視化することであり、最近の研究の結果それが可能であることが分かってきています。

 また、フェムト秒レーザー照射下における金属ナノ粒子表面での電場増強効果についてのシミュレーションをAuナノ粒子/グラファイトの系に適用し、2つのナノ粒子が近接したダイマー構造において顕著な増強が見られることを示しました。電場増強は2粒子の間隙において顕著であるほか、グラファイト表面から1nm程度のごく浅い領域に強い分極を生じることが分かりました。このような構造は、グラファイトに数ML程度以下の金を蒸着した表面の良いモデルになっています。Au/HOPGの時間分解反射率測定(コヒーレントフォノン測定)を行うと、グラファイト層の面内振動であるAgモード、および面内欠陥の存在によって励起されるDモードフォノンが顕著に増大します。欠陥は表面層に高い密度で存在し、Auナノ構造により電場増強が生じる深さ領域と符合することから、Auナノ粒子の存在により増強された局所電場は格子系と相互作用し、強いフォノン励起(表面増強ラマン散乱)を生じると結論付けられました。(横国大 武田・片山研究室、防衛大 北島研究室との共同研究)

・物質の誘電関数のモデル化

 一般に、外場Eに対する物質の電束密度D = εE = ε0E + P の大きさは、外場の振動数wに依存します。これは外場に対する物質の分極応答(誘電的性質)が物質の電子論的な性質を反映するためです。例えば金属の電子構造の特徴はフェルミ面を切るバンドが存在することであり、可視光程度以下の比較的低振動数の外場に対してはフェルミ面近傍の電子(金属自由電子)が即座に応答し、外場と逆向きの分極を形成することで、深さ方向には速やかに外場を遮蔽します。金(Au)や銀(Ag)などの貴金属においては分散の大きなspバンドがフェルミ面を切っているのが特徴であり、外場に応答するのは有効質量がほぼm0であり原子数と等しい密度を有する自由電子であると見なせます。この様な場合にはDrudeモデルに基づく誘電関数が実際の値を良く表現します。

 ところで、外場の振動数が大きくなってくるとより深い準位にある局在型の電子が励起されるようになります。例えばAgでは近紫外領域でdバンドからフェルミ面へのバンド間遷移による電子励起が生じます。この様な電子励起は、減衰調和振動子の力学モデルに相当する、Lorentzモデルでよく表現されます。Drude電子が誘電関数に負値の寄与をするのに対しLorentzモデルの寄与は正値であり、その結果バンド間遷移の共鳴振動数付近では誘電関数が正方向に押し上げられます。

 一般的に金属の誘電定数は振動数の増加とともに増大し、可視〜近紫外領域で負値から正値に変わりますが、とくにε(ω) =0となる振動数はプラズマ振動数と呼ばれます。Agの場合Drude電子の寄与のみ考えればプラズマ振動数は真空紫外域に位置すると計算されるのですが、実際のプラズマ振動数は近紫外域にまで押し下げられており、この理由はdバンドに由来するLorentz電子の寄与があるためである、と理解する事ができます。この様な、物質のバンド構造が光学応答へ反映される機構は、Drude + Lorentz型のモデルによる簡単な古典力学的描像でかなりの程度説明することができます。

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3. 固体表面における水素の反応ダイナミクス

図.3.1 固体表面における水素の引き抜き反応
図.3.2 重水素(D)終端Si(100)表面における水素の反応と脱離。D/Si(100)表面へのHビーム照射により、非熱的引き抜き反応、および熱的脱離が誘起される。(J. Chem. Phys. 117, 11336, (2002))
図.3.3 パルスH/H2ビームのTime-of-flightスペクトル。(Jpn. J. Appl. Phys. 39, 6101, (2000))

 水素原子は陽子1個と電子1個からなる最も単純な原子であり、宇宙空間に遍在し、またドブロイ波長が他のあらゆる原子よりも長く、しばしば量子波動的性質が顕在化します。また、水素分子は原子核スピンと分子の回転角運動量が強く結合しており、そのため2原子の合成核スピンの一重項(パラ水素)、三重項(オルソ水素)の別により、それぞれ分子の回転量子数が偶数のみ、奇数のみを取る2種の混合気体の様に振舞うという、身近でありながら興味深い物理的性質を見ることができます。工学的にもたいへん重要な元素であり、例えば、シリコン-酸化膜界面に残存し絶縁不良の原因となる不結合手(ダングリングボンド)の水素パッシベーションや、水素プラズマ処理によるアモルファスシリコンの多結晶化など、多くの半導体プロセス中に顔を出します。また水素は燃焼過程における生成物が水であり、CO2を排出しない事から、低炭素・低環境負荷のエネルギー源として注目されています。また、ランタン化合物には水素の含浸により金属-絶縁体転移するものがあるなど、固体電子論的にも興味深い対象です。

 私達は表面科学の観点から、固体表面における水素の化学反応のダイナミクスについて研究を行っています。水素原子は化学的に極めて活性であり、固体表面に吸着している原子と直接反応して表面から引き剥がし、水素化合物として脱離するという反応を生じます(図.3.1)。この場合、反応の瞬間に大きな反応エネルギーが極小領域に短時間の間に放出されます。反応エネルギーの一部は生成物の力学的運動自由度に瞬時に分配され、その結果、生成物の並進、振動、回転のエネルギーは、マックスウェル-ボルツマン分布から外れた非熱的分布を呈します。残りの反応エネルギーは固体表面層の電子励起を経て最終的に熱になりますが、これらエネルギー散逸のダイナミクスは、水素原子曝露下での表面層ボンド組み換えなど水素の関与する特異な性質を理解するために重要です。

 私達は、シリコン表面における吸着水素の引き抜き反応が、この様なタイプの非熱的反応であることを見出しています(図.3.2)。水素原子ビームの生成には、マイクロ波プラズマ放電と差動排気装置を用いた独自の装置を用いています。この装置は並進運動エネルギーが40meV程度の中性の水素原子を供給し、併せて機械式チョッパーによるパルスビーム化の機能を備えています(図.3.3)。また、水素分子の振動・回転の状態分布を決定するため、共鳴多光子イオン化法(Resonance Enhanced Multiphoton Ionization: REMPI)による水素分子の内部状態選別検出を行っています(図.3.4)。

図.3.4 H2, D2の共鳴多光子イオン化(REMPI)スペクトル

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