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筑波大学システム情報工学研究科リスク工学専攻 都市防災研究室(木下研究室)

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SAR干渉法(InSAR)で捉えた集中豪雨時の水蒸気分布 -2008年西濃豪雨を例として-

Kinoshita et al. 2013 GRL

Fig. 1 Kinoshita et al. (2013, GRL)
左はInSAR画像
右は同時刻における降水レーダーの降水強度分布

InSARは2時期のSAR観測データを用いて標高や地表面変位などを抽出できる技術として、今では自然科学研究のみならず防災、工学など幅広く利用されています。マイクロ波の位相を用いるInSARは、地球大気の影響により位相の値が変化する電波伝播遅延効果の影響を受け、これが地表面変位観測において誤差源として知られています。ただし見方を変えると、もし地表面変位やその他要因の影響が無いことが明らかなInSAR画像を用意できれば、そのデータに含まれる位相変化は大気(特に対流圏中の水蒸気)の空間的不均質を表していると考えることができ、新しい気象センサーとして活用できるポテンシャルを持っています。
2008年9月初旬に中部日本で発生した集中豪雨(西濃豪雨と呼ばれています)の最中にJAXAが運用していたALOS(だいち)/PALSARによる緊急観測が実施されました。この研究ではこの緊急観測データに対してInSAR解析を実施し、集中豪雨の最中にある水蒸気場の様子をInSARでは世界で初めて捉えることに成功しました(Fig. 1)。また、sub-kilometerスケールの非静力学数値気象シミュレーションを実施し、InSARで捉えた局所遅延シグナル(図中のA)を再現することに成功しました。


山岳風下波をScanSAR InSARで検出

Kinoshita et al. 2017 EPS

Fig. 2 Kinoshita et al. (2017, EPS)

上記の研究では集中豪雨を研究対象としましたが、今度は気象条件が揃った時に山の尾根から風下方向に向かって伝搬していく山岳風下波をInSARで捉えた事例です。この研究では、2019年10月現在も運用中のALOS-2/PALSAR-2が広域観測可能なScanSARモードという観測モードで得られたSARデータをInSAR解析に用いています。対象は北海道と東北で生じた山岳風下波の2例で、いずれの事例も静止衛星の可視画像に山岳風下波に伴う雲列が見えており、InSARでも同様のものが見えた結果となっています。特筆すべき点の一つ目は、これまで山岳風下波の空間分布を捉えるには衛星可視画像の雲列を見る他なかった(他には定点観測のラジオゾンデやLiDARなど)ものが、水蒸気の空間的不均質を見ることで捉えられることを明らかにした点です。二つ目はInSARにおいて山岳風下波がどのような振幅・形状で現れるかの事例を示し、また数値気象モデルによる再現実験でそれなりに再現可能であることを示したことで、InSARを地表面変位研究に用いる際の補正可能性の道筋を示したことです。


InSARによるスロー地震時の微小地表面変位の検出

この研究はまだ論文になる前の現在進行形の研究のためWebページで公表できる図はありませんが、スロー地震に伴う微小振幅の地表面変位をInSARで検出しました。従来の理解では地震といえば地殻内部にある断層面(プレート境界も)が蓄積された歪みを解放するためにすべりを生じ、その際に地震波という形で蓄積されたエネルギーを解放する現象という理解でした。ところがスロー地震(Slow Slip Event; SSE)は通常の地震現象と異なり、断層面はすべって最終的にMw 6から7に達するものの地震波を放出しません。SSEのすべりは通常数日から1年程度であると言われており、通常の地震に比べて非常に低速ですべっていきます。SSEは多くの場合プレート境界上の断層面で生じており、これを陸域で観測しようとする場合は地表面変位にして最大で数cm程度かそれ以下であることがほとんどです。そのため現状でスロー地震シグナルを観測するには、高精度な地表面変位観測が可能なGNSS(GPSもこれに含まれる)や地中に埋めて傾斜の変化を図る傾斜計などに限られていました。一方、GNSSと同様に地表面変位を観測できるInSARでは、プレート境界上で生じるスロー地震の観測事例はあるにはありますが限られています(本研究室教員の認識では2006年メキシコ・Guerreroでのスロー地震のみ)。その理由はスロー地震の地表面変位シグナルが1, 2cm程度と非常に小さいことで、上述の大気伝搬遅延が大きな誤差源となって地表面変位シグナルを隠してしまうからです。この研究ではそのような微小変位シグナルに対し、数値気象モデルによる大気伝搬遅延補正と、多数のSARデータを用いて地表面変位を高精度に抽出可能なSAR時系列解析という手法を組み合わせ、SSEに伴う地表面変位シグナルの検出を行いました。


InSAR大気伝播遅延誤差を補正する手法の開発

これまでの研究紹介で触れてきた通り、InSARにおける大気伝搬遅延効果はまだ研究がそれほど進んでおらず、地殻変動研究のための補正手法開発という観点でもまだまだ研究が必要です(過去20年以上取り組まれてきましたが、いまだ解決していません)。本研究室では他機関の研究者とも連携しながら、数値気象モデル(例えばKinoshita et al. (2013, J. Geodesy))や衛星観測データなど使えるものは使って、InSAR大気伝搬遅延の補正手法確立を目指して研究しています。


SAR衛星による交通関連情報の抽出

こちらは筑波大学未来社会工学開発研究センター社会工学研究グループの一員としての研究になり、まだ着手したばかりの研究になります。研究内容は「モビリティに対するリモートセンシング技術の活用」です。SARにこだわらず様々なセンサー・手法を用いて課題解決を目指しますが、さしあたりはSAR技術を用いていかに交通関連情報を抽出できるかを検討しています。