Research

ノンレム睡眠特異的神経活動パターン・OFFピリオド

 ほ乳類の睡眠は夢を見るレム睡眠(Rapid Eye Movement Sleep)と、意識の失われるノンレム睡眠(non-Rapid Eye Movement Sleep)に分かれます。私達は睡眠の80%を占める深い眠り、ノンレム睡眠に着目しています。覚醒時、高次認知機能を担う大脳皮質の神経細胞は常に発火準備ができていて、適切なインプットを受け取った時に随時発火します。それに対し、ノンレム睡眠時、多くの大脳皮質神経細胞が一斉に活動を停止する事が知られており、この活動停止期間がOFFピリオドと呼ばれます。多数の神経細胞が一斉に活動を停止するOFFピリオドは、神経活動の時空間パターンに大きな影響を及ぼします。ノンレム睡眠中にのみ観察されるこのOFFピリオドが、覚醒時の意識的な感覚受容や認知機能の発露を妨げているのではないかと考えられています。私達はこのOFFピリオドがノンレム睡眠中に出現するメカニズムを明らかにしようと取り組んでいます。

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個体としての睡眠・覚醒の制御機構

 睡眠は運動量や認知機能の変化など、個体レベルの変化を伴う生命現象です。その一方で、脳全体が一様に睡眠・覚醒状態へ貢献しているわけではありません。これまでに複数の脳領域が「睡眠を促進する」あるいは「覚醒を促進する」領域として同定されました。これは裏を返せば、それ以外の領域は、睡眠覚醒に影響しないという事です。私達は脳の中でどの領域が最も重要なのか、定量的な解析を進めています。また、覚醒が持続するにともない蓄積する「眠気」(以下、睡眠圧)はこのような最重要領域に作用するのではないかと仮説を立てています。断眠実験でマウスの睡眠圧を高めるとこれらの脳部位にどのような変化が起きるのか、また、その後の深い睡眠によって睡眠圧が解消されるにつれこれらの脳部位で何が起きるのか、神経発火頻度と遺伝子発現パターンという2つの観点から解析を進めています。
 神経細胞にとって発火は他の細胞に情報を送る主要なアウトプット手段です。また発火はエネルギーを消費するイベントであり、細胞毎に厳密に制御されています。発火によって細胞の転写が変化する事はよく知られており、一方でどのような遺伝子のセットを発現するかが細胞の機能を規定します。このような発火と転写の相互作用が睡眠・覚醒制御において果たす役割を、複雑な中枢神経系の中一歩ずつ探っているところです。脳の中で、起きている時、眠っていてる時に起きる変化を、丁寧に観察する事で睡眠の仕組みと機能に迫ります。

眠らないマウスは作れるか?

 「私達はなぜ眠るのか」これが私達の究極の疑問です。では、その答えは全く分かっていないのでしょうか?
 これまでに、私達が眠らなければならない理由について、様々な「仮説」が提唱されています。またその仮説が正しいのかどうか検証するための実験も行われていて、色々な実験結果が報告されています。では私達はなぜそれでは満足出来ず、研究を続けようとしているのでしょうか?
 それは、様々な仮説が今のところは「仮説」のままで、証明されていないと思うからです。例えば、ウィスコンシン大学のGiulio Tononi教授、Chiara Cirelli教授(本城の留学時代の指導教員です)らによって提唱されたシナプス恒常性仮説という仮説があります。シナプスとは神経細胞間で情報のやり取りを行う場です。シナプスが強くなると神経細胞間での情報のやりとりが効率的になります。私達は覚醒時には物を見、音を聞き、考え、行動し、新しい記憶を獲得します。この新しい記憶の学習のためにはシナプスが強くなる事が重要です。しかしシナプスが強くなり続けると脳に負担がかかる可能性があります。そこで、覚醒時に強くなったシナプスを睡眠によって弱めてやる事が必要だ、というのが睡眠のシナプス恒常性仮説です(詳しくはこちらの英文総説をご覧ください)。

 では、起きている間に学習をしなければ、新しい記憶が形成されなければ、私達は眠らなくて大丈夫なのでしょうか?答えはNoです。記憶の形成に重要な遺伝子に変異が入って学習が出来なくなったマウスでも、眠る事が知られています。
 また、睡眠中に脳の老廃物が洗い流されるという報告があります。それでは、脳に老廃物が溜まらなければ寝なくても大丈夫なのでしょうか?人工透析のように脳に老廃物が蓄積するのを防いだら、私達は眠くなることなく元気に活動を続けられるのでしょうか?
 その答えはまだ分かっていません。自分で明らかにしてみたい、という方は是非、睡眠研究に挑戦してみて下さい。私達は、睡眠中に脳の中で何が起きているのかが分れば、それを操る事によって睡眠・覚醒を制御出来るのではないかと考えています。学習しなければ眠らなくても大丈夫ならば、睡眠の機能は学習だと考えられます。老廃物を溜めなければ眠らなくても大丈夫ならば、睡眠の機能は老廃物の除去だと考えられます。眠らなくても大丈夫なマウスを作る事が出来れば、睡眠の機能を「証明する」事が出来ると私達は考えています。