英語科教育学 1学期末課題:文献研究

Hyland, K., & Tse, P. (2007). Is there an "academic vocabulary"? TESOL Quarterly, 41, 235-253.

現代語・現代文化専攻 博士前期課程1年 T.I.



以下、学術語彙リスト(Academic Word List (AWL))の概要については、
Coxhead, A. (2000). A new academic word list. TESOL quarterly, 34(2), 213-238. Retrieved June 26, 2011, from http://www.jstor.org/stable/3587951
も併せて参照して、より正確な記述を行っている。

ABSTRACT
■本論文では、「学術目的の英語学習者(students of English for academic purposes (EAP))は、英語の学術的領域で共通して高頻度な核となる語彙を学習するべきである」という前提に基づく学術語彙(academic vocabulary)の概念に関する考察を行う。
■具体的には、Coxhead (2000)の提唱した学術語彙リスト(Academic Word List (AWL))の検証を行う事で、学術語彙の有用性を検討する。
■AWLは、幅広い学術分野・ジャンルの3,513,330語(延べ語数)で構成された学術コーパスからの570のワードファミリーによる語彙リストであり、そのコーパスを用いた検証結果では全延べ語数の10%を占めるものであると報告されている。
■しかし、本論文の検証の結果、分布,頻度,連語,意味の観点から各専門分野においてAWLの個々の語彙項目には差異が生じており、AWLの一般性、ひいては学術語彙の概念その物にも疑問を呈する事となった。
■本論文の結論は、学術語彙に関する語彙リストの有用性は分野毎の異なる語の利用によって低下してしまう事、そしてそれ故に、教員は各分野の生徒に応じたより専門的な語彙リストを考案するべきであるという事である。

THE CONCEPT OF AN ACADEMIC VOCABULARY
■学術語彙の歴史は長く、大学での読解や学術文章の執筆の要とされ、subtechnical vocabulary (Anderson, 1980; Yang, 1986),semitechnical vocabulary (Farrel, 1990),specialized nontechnical lexis (Cohen, Glasman, Rosenbaum-Cohen, Ferrara, & Fine, 1998)等、多くの先行研究が存在する。
■学術語彙という用語は、学術的領域において高頻度な(=学術的テキスト以外では相対的に稀とされる)語彙を指しており (Coxhead & Nation, 2001)、基礎的・一般的な語彙とは以下のように区別される (Nation, 2001)。
 1. 高頻度語(high frequency words)
  West (1953)のGeneral Service List (GSL)に含まれているような、英語で最も広く使われる有用度の高い2000程のワードファミリーで、多くのテキストの約80%をカバーする。
2. 学術語彙(academic vocabulary)
 学術文章の執筆において高頻度な語で、学術的テキストで繰り返し使用される8-10%をカバーする。
 3. 専門語彙(technical vocabulary)
   専門分野毎の語で、テキストの5%までをカバーする。
■学術語彙の学習が難しいとされる理由として、専門語彙と違って補助的な役割が多く注目されにくい事 (Flowerdew, 1993)・けれども付随的に学習するには低頻度すぎる事 (Worthington & Nation, 1996)などが挙げられており、それ故に学術語彙リストが開発・改良されている。
■しかし、筆記能力やEAPの概念,分野毎の連語的・意味的差異,学術文章執筆の際の実際の語用の観点から、学術語彙という考え方が本当に学習者に有用であるかについては疑問の声も存在する。

LISTS OF ACADEMIC VOCABULARY
■多種多様な学術語彙リストが学術的テキストのコーパスから編纂されており、その際、頻度とワードファミリーという基準が用いられる。この2つの基準は、「英語における最高頻度の語はどの種類のテキストの語彙産出においても大きな割合を占めるという」コーパス研究の発見の応用・基底語に関する知識は派生形の理解を促進し、同じワードファミリーの語は心的語彙にセットで記憶されるという先行研究結果 (Nagy, Anderson, Schommer, Scott, & Stallman, 1989; Nation, 2001)に基づいている。
■コーパス編纂による最新の学術的な語彙リストとしてAWLがあり、専門分野を問わず高等教育を受ける学生に必要不可欠な570のワードファミリーで構成されている。AWLの頻度の基準は、様々なジャンルの3,513,330語(延べ語数)で構成された学術コーパスと人文科学,商学,法学,理学の4つの学科内の28個の下位コーパス中15個以上で100回以上の出現である。
■AWLは、学術コーパスの10%をカバーできていただけでなく、同サイズのフィクション小説に関するコーパスは1.4%しかカバーできていなかったので、より学術目的の学習者向けだと考えられる。また、3112個の語彙項目はGSLに含まれていないので、GSLとAWLを組み合わせて指導・学習する事で、学術コーパスの86%はカバーできるとされている。
■核となる学術語彙に関する調査結果やEAP教材の開発等の観点から、AWLが評価基準足り得る事は疑いの余地がない一方で、AWL単独の評価は行われていない。そのため、AWLが学術文章の語彙構成をどのくらい正確に示せるのか、ある専門分野・ジャンルにおけるカバー率がどのくらいなのか等は、依然として不鮮明である。

CORPUS AND METHODS(TABLE 1を参照の事)
■本論文の実験では、多岐に渡る専門分野の中の主要な分野(理学,工学,人文科学)における専門家と学習者両方の様々なテキストで構成した中規模コーパスの質的分析・量的分析を行った。また、Coxheadのコーパスと異なる点として、本実験のコーパスは、各ジャンルで均等な数のテキストを有していたり、規模の違う下位コーパスは10,000語毎の頻度で比較したりと、より体系的に複数の分野で重要なジャンルを反映している。
■コーパス編纂後、Corpus Builder (Cobb, 2004)でテキストを専門分野毎に統合した上で、RANGE (Nation, 2002)で語彙項目の頻度を測定した。そして、AWLの語彙項目の頻度と分布を学術コーパス全体,3学科の下位コーパス,各専門分野のジャンル毎に調査した。その後、語彙項目が共通の意味で同じように使われているか確かめるために、用語索引を行った。

RESULTS: IN SERACH OF AN ACADEMIC VOCABULARY
Overall Frequencies and Distributions
■本実験の結果、AWLの全570のワードファミリーが学術コーパスで確認され、更に内541は全下位コーパスでも確認された。また、AWLは学術コーパスの10.6%をカバーしており、GSLの2000語と組み合わせると累計で85%を占めていた(TABLE 2を参照の事)。
■しかし、この高いカバー率にも関わらず、各分野に焦点を当ててみるとカバー率は不均等であった。この不均等なカバー率は、後述する分野毎の専門語彙の量や学術語彙の用法の差によると考えられる。
■Coxheadよりも厳密かつ体系的な基準を用いた頻度に関しては、AWLの1/3の192ワードファミリーのみが高頻度と見なされた。一方、極めて低頻度と見なされた23ワードファミリーも存在した。

Distributions Across Fields(TABLE 3, 4, & 5を参照の事)
■但し、本実験で高頻度と見なされた192ワードファミリーの内、全下位コーパスでも高頻度と見なされるのは僅か82ワードファミリーであり、50ワードファミリーに至っては一種類の下位コーパスで確認されたのみであった。この下位コーパスにおけるバラツキは高頻度語だけでなく、低頻度語やAWLのワードファミリー全体でも見られた。
■このバラツキを検証するために、基準を10000語毎の出現頻度にして全下位コーパスに渡っての各項目の分布を調べてみた所、この基準を完全に満たすワードファミリーは存在しなかった。それ故、相対的には均等に分布していると見なされる36ワードファミリーのみが、学術語彙リストの候補足り得るのではないかと考えられる。しかし、36の内、総合的平均値の頻度基準を満たすのは僅か22で、高頻度な60の内では僅か7であった。
■各下位コーパス内の分布を見ても、やはりバラツキが存在しており、理学では1ワードファミリー、人文科学では7、工学で47のみが均等に分布していると言えた。

Word Meanings and Uses
■頻度と分布同様に、核となる学術語彙リストを編纂する上で大きな問題となるのが、分野毎に傾向がある各語彙項目の意味と用法である。Wang and Nation (2004)の調査ではAWLのワードファミリーには同綴意義語が少数しかなく、各分野で本質的に意味も共通しているという見解を示しているが、本実験の結果では、分野毎に明らかな意味・連語の傾向が確認されている(下位コーパスに焦点を当てた場合のprocess及びanalyzeの例,TABLE 6,各分野に焦点を当てた場合のTABLE 7参照の事)。
■また、各分野で顕著な異なる語の選択,連語,固定句は、その分野に適した理論的・方法論的枠組みによって定められるもので、学術的文脈における意味決定の要因としての語彙的連鎖(lexical bundle)の考え方に寄与する一方、学術語彙リストを編纂する際には複雑な問題となる。

DISCUSSION
■AWLに代表される普遍的な学術語彙という概念が教育的魅力を有している一方で、学術語彙は分割できない単一の集合体ではなく、各分野に固有のものであると主張する先行研究も増えてきている。学術語彙というのは分野特有の意味を持つため、分野間の隔たりが大きければ大きい程、意味の差異も大きくなるはずである。即ち、分野毎の異なる知識や研究は、分野毎に異なる議論の体系,好まれる表現,語彙の特殊な用法を生み出すと考えられる。
■コーパスを用いた本実験の結果でも、学術語彙の各分野での不均等な分布,限られた使用域,意味や用法の差異が確認されており、各分野の枠を超えて学術目的の英語学習者に等しく有用な学術語彙リストの作成は難しいと言えるだろう。
■そもそも、「等しく有用」な語が存在するのかどうかも疑問である。上記の通りの差異が存在する学術語彙に加えて、学習達は、所属する分野の専門語彙も学習する。異なる分野の学習者は、分野固有の異なる語彙・用法を要求されるので、学術語彙の概念で唱えられている普遍的有用性は限られてしまうだけでなく、学術語彙・専門語彙の分類も困難なはずである。
■語彙項目を考慮すると、AWLの学習がGSLの知識を前提としている事は想像に難くないが、GSLは50年以上も前に提案されたため、現在の語彙の用法を反映していない可能性も高い。更に、学習者がGSLに代表される多目的かつ一般的な語彙を初めに学習した後、学術語彙を学習するという学習順序も、不確かである。往々にして、学習者は、様々な情報源から非体系的な語彙の獲得をしていく。また、第二言語習得に関する研究では、学習者は狙い通りの順序ではなく自身の必要性に応じて語彙を獲得していき、一般的な語彙の前に多くの学術語彙に直面すると報告されている。
■最後に、本論文ではAWLに関する短所や改善点を挙げてきたが、著者達はAWLに関する教育的長所・原則にはむしろ賛成である。例えば、学習者達が難易度の高い分野毎の語彙を学ぶ前に基礎的な語彙を獲得できる事や教員達が最も有用かつ関連性の高い語彙を指導できる事、その語彙の検証にはコーパス分析が最善の方法である事などである。

CONCLUSIONS AND IMPLICATIONS
■学術語彙の概念やAWLのような語彙リストは、EAPという英語語彙教育・語彙学習の目的を設定できる事・その方針や目的に適した教材や指導を行える事等、多くの利点を有している。
■その一方で、分野毎の様々な語彙に関する差異に対応できておらず、むしろ学習者や指導者にそういった差は存在しないと誤解させてしまう危険性も有り得る。また、各専門分野間で生じる語彙的差異に対応できていないために、現代のEAP・言語教育が重きを置くコミュニケーションの点でも欠陥が考えられる。何故なら、コミュニケーションは所属する集団の一員として行うもので、学習者達が所属する集団は、語彙的差異を有する各専門分野だからである。
■従って、指導者は、各分野特有の言語的特徴(語彙的特徴も含む)を理解する必要があるだろう。その上で、EAP学習者達に真に必要なものは、学術語彙やAWLのような専門分野の域を超えて普遍的有用性を持つ指導項目ではなく、彼等が専門分野で直面する言語的特徴に対応した指導である。

<考察>
まずは、本論文の実験方法に関する疑問を一点挙げる。著者は "This corpus represents the range of sources students are often asked to read at university and so include the kinds of lexical items they frequently encounter" (p. 238) と書いているが、「学習者達が大学で読むように言われる頻度が高い」(students are often asked to read at university)と言う部分の頻度は、何を基準にしたのか不明瞭である。本論文の実験に用いたコーパスの編纂では、教科書は7章分・研究論文は30個しか収集しておらず、各専門分野の専門書のレビュー合計140個と物理と生物学の分野限定で理系の記事47個を含めて考えたとしても、AWLの普遍的有用性を検証するための実験で高頻度(often)と断言するには量的に心許ないように思われる。この頻度に関しては引用した一文のみで説明が終わっているため、質的側面からの説明は一切書かれていない。
また、「学習者達が頻繁に直面する語彙項目を含んでいる」(include the kinds of lexical items they frequently encounter)は、直前にand soとある通り、and以前(即ち、上記の高頻度に関する部分)が成立して、初めて成立するはずである。AWLの普遍的有用性を検証するためのコーパス編纂という点からも、この文章の意味構造からも、高頻度と断言するに足る基準を示すべきであろう。

 次に、本論文の内容を受けての学術語彙とAWLに関する私見を述べる。本論文では学術語彙及びAWLの教育的利点を認めながらも、結論としては、EAP学習者達が所属する各専門分野に適した語彙的特徴を指導者が理解した上で、専門分野毎の指導を行う事が最善であると記している。本論文が示した通り、専門分野の枠を超える普遍的有用性には限界や例外があり、AWLでは各分野特有の語彙的特徴に対応できない。今回は紙面の都合で省略したが、244-246ページで挙げられている意味と用法の差異に関する各語の例も、非常に分かりやすく納得できるものである。つまり、理想を言えば、本論文の結論を実現する事こそ指導者・学習者ひいては言語教育にとって有益だと考えられる。
 しかし、専門分野一つ一つの学術・専門語彙リストを作成するには、多大な時間と労力を必要とする事は想像に難くない。更に、より有用性・信頼性を高めるためには語彙リスト作成後の改良・アップデートも行われるべきであり、AWL一つだけでも10年以上の議論が続いている事を考慮すると、全専門分野毎の学術・専門語彙リスト作成は非常に難易度が高いはずである。
 そこで、本論文の内容を踏まえての実現可能な折衷案は、AWLの更なる改良だと考える。具体的な改良方法は、以下の3点である。

@AWLの語彙項目を維持したまま、段階分けを行う。
 提案する3つの改良方法の中で、この方法が最も容易かつ実現可能性が高いと思われる。AWLの語彙項目は現状維持で、特に修正は行わない。その代わり、本論文のように頻度,分布,意味,用法等の複数の基準を設けて、どの専門分野にも高い確率で共通する語彙項目/ワードファミリー(初級),多くの専門分野で共通する語彙項目/ワードファミリー(中級),幾つかの専門分野で共通する語彙項目/ワードファミリー(上級)という段階分けを行う。
そして、この段階分けをEAP学習者に説明した上で、初級或いは中級までを必修範囲として指導し、中級以上或いは上級を自由選択の範囲とする。こうする事で、より有用性の高い語彙を獲得できるだけでなく、学習者の専門分野によっては有用性が低くなってしまう語を学習する負担を減らす事もできると考えている。

AAWLを改良・アップデートして、より的確な語彙項目を有するAWLにする。
 次に、現行のAWLを文字通り改良・アップデートして、より普遍的有用性を高める方法である。例えば、本論文の実験結果で考えれば、極端に低頻度な23ワードファミリーは除外候補として挙がるだろう。
また、専門分野毎に意味や用法の差が生じる事への対策として、AWLの中に幾つかの学科・専門分野毎のサブリスト(一例として、下位コーパスに対応させる事が考えられ、Coxhead (2000)の研究ならば人文科学,商学,法学,理学、本論文ならば理学,工学,人文科学)を設ければ、学習者達はサブリストに従って、自身の専門分野により適した学術語彙を意味や用法も併せて学ぶ事ができるはずである。

BAWLの語彙項目を必要最低限まで削減する。
この方法が、本論文の結論に最も近い。もし仮に各専門分野の学術・専門語彙リストを作成できたとして、全語彙リストで(本論文で調査していた語彙的特徴の観点からも)共通する複数の語が存在するはずである。@の方法ならば初級の分類に属するであろう、そういった語彙項目のみをAWLに残して、AWLで学習する語彙項目を必要最低限にする。
そして、各専門分野に特有の語彙に関しては、各専門分野の学習・研究(リーディングやライティングも含む)をする上で、同時に語彙学習も行う事で習得する。この方法は、AWLの「普遍的有用性」と「核となる学術語彙」という根本的な目的を極限まで特化した方法だと考えている。しかし、この方法の明確な短所として、学習者の負担を増やしてしまう事が挙げられる。