新しい木管楽器管体材料


木管楽器の管体に使われる素材
現在では、金属、陶器、竹、プラスチックなど、様々な素材が木管楽器の管体に使われています。ただ、少なくともクラシック音楽の世界では、今なお木製が主 流です。ここでは、クラリネットやオーボエなどの管体に使われる木材について解説するとともに、その問題点や、代替材開発の状況を紹介します。


なぜグラナディラ?
グラナディラ(グレナディラ)が伝統的な木管素材だと思っている人が多いようですが、数千年におよぶ葦笛の歴史から見れば、グラナディラがメジャーになっ たのはごく最近のことです。ツゲやカエデで作られていた木管が、グラナディラで作られるようになったのは、複雑化したキーシステムを支えるための重くて硬 い材料が必要になった時期と、欧州諸国による植民地化でアフリカ産の重硬材を入手しやすくなった時期とが重なったためと考えられます。では、木管楽器の管 体材は重くて硬ければ良いのでしょうか?

granadilla

グラナディラ(Dalbergia melanoxylon


重さと硬さだけなら、プラスチックで良いはずです。また、均質さ、加工のしやすさ、値段の安さを考えれば、木材よりプラスチックの方がはるかに優れていま す。しかし実際には、今なおほとんどの木管楽器が木で作られ続けており、リコーダーのように、好みや曲想に合わせて多種多様な木を使い分ける場合もありま す。

cross section

様々な木材の横断面

グラナディラはLiu et al. J.Wood Sci.66:14(2020)

リコーダーに使われる素材の密度と音色
注意!これは独MOECK社のカタログを直訳したものです。
科学的に証明されているわけではありません。

今のところ、木管とプラ管の違いを示す明確な証拠はほとんどありません。管体自体がほとんど振動しない以上、管体の材質が音に与える影響はほとんどない、というのが音響学者の説明です。
ただ、この「ほとんど」がくせ者です。音響学者が無視するような小さな違いが、熟練した奏者にとっては大きな違いかもしれません。

パリ音楽博物館のLeConte博士は、管壁表面の多孔性の違いが管のインパルス応答に影響を与えると推察しています。その理由(ミクロンオーダー の多孔性がどのように音に影響を与えるのか)については残念ながらまだ十分に説明されていませんが、もし表面の多孔性が音を左右するなら、プラ管の表面を 木材に近い多孔質にすれば、木管のような音を出せるかもしれません。

木材の多孔性は、管の気密性(空気の漏れにくさ)とも 関係しています。密度が同程度なら、メープルよりツゲの方が気密性が高いのですが、これはツゲの場合、小さな道管が均等にちらばっているからです。同様の 特徴はサクラでも見られます。この「緻密さ」が、ツゲが木管楽器に頻用される理由の一つだと考えられます。

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グラナディラ、大丈夫?
グラナディラ自体は、決して珍しい木ではありません。ただ、楽器に使えるような太くて欠点のないグラナディラ材は入手が難しくなっています。
また、2017年にはCITES(いわゆるワシントン条約)の会議でDalbergia属の木材が付属書Iに記載されました。そこにはグラナディラだけで なく、マリンバの音板や二胡の胴に使われるブラジリアンローズウッドやパドウク、一部のコクタンも含まれており、多くの楽器製作者が強い危機感を持ってい ます。原産国では様々な保全の取り組みが行われていますが、すぐに解決できるような問題ではありません。


今、やるべきことは次の3つです。
① 枯渇危惧種を使うのをやめるか、極力控える
② 代替材を探す、あるいは開発する。
③ 代替材(の音)を受け入れる

問題は①と③です。今どき「象牙の鍵盤でないと良い音が出ない」と嘆くピアニストはいないでしょうが、「グラナディラでないと良い音が出ない」と信じてい るクラ吹きは多いはずです。枯渇が危惧されている希少素材という意味では、象牙も、グラナディラも、状況は同じなのですが、多くの奏者が「自分の楽器と環境問題は関係ない」と思っているのではないでしょうか。

楽器メーカーだけでなく、楽器奏者にも、環境や生物多様性に対する責任感が求められる時代です。既存の材料(グラナディラやローズウッド)が手に入らないことを嘆くのではなく、新素材を吹きこなそうと工夫する奏者が少しずつでも増えることを期待しています。


グラナディラ以外の管体材料


プラスチック
既に広く普及している管体材です。ABS(アクリロニトリル・ブタジエン・スチレン共重合体)などが用いられているようです。耐久性、 耐水性、寸法安定性、安全性、加工精度、入手の容易さ、低価格など、多くの点で木材より優れていますが、剛性や強度が低く(1ケタ下)、石油由来であるた め原料に限りがあるのが難点です。
プラ管を「安物」とバカにする人もいますが、プラ管にはまだまだ可能性があります。そもそも、プラ管が木管楽器の普及に貢献したことを忘れてはいけませ ん。LeConte博士が言うように、表面の多孔性が音色を左右するなら、プラスチック表面をうまく加工すれば、木管に近い音が出せるようになるかもしれ ません。


WPC
Wは木材(Wood)、Pは樹脂(Plastics)または高分子(Polymer)、Cは複合(Combination)または複合体(Composite)の略です。つまりWPCとは、木材とプラスチック(樹脂)を組み合わせた材料のことです。
WPCには、木粉を樹脂で固める「混練型WPC」と木材に樹脂を注入する「含浸型WPC」の2種類があります。

混練型WPC
最近、建材として急速に普及しているのが「混練型WPC」です。これは、木粉とプラスチックを混ぜ、熱で溶かして成形したものです。木粉を混ぜることによ り木材のような見た目や風合いになりますが、その性質は良くも悪くもプラスチックと同じです。つまり、寸法安定性や耐水性が高く、自由に成形できるもの の、木材よりも重く、(同じ重さの木材と比べると)軟らかく、弱い材料です。主な用途はエクステリア(木製デッキなど)で、既に木製エクステリアの半分以 上を混練型WPCが占めています。柱や壁のように力を支える部材としてはほとんど使われません。

はっきり言えることは、混練型WPCは、たとえ原料の99%が木材であっても、性質が元の木材とは全く違う、ということです。
混練型WPCには、木材のような剛性や強さはありません。特に、木粉含有率が高いWPCは「脆い」ので、WPC製の楽器を使っている方は注意した方が良い と思います。グラナディラの管を折ることは、空手家でもない限り難しいですが、C社が製造しているWPC製楽器(GL)なら素人でも折れると思います(確 かめたことはありませんが)。

木材が軽い割に強いのは、木目方向に連続した繊維のおかげです。その繊維を断ち切り、木粉にしてしまったら、どんなに強い接着剤で固めても、剛性や強度は 元に戻りません。グラナディラの粉を樹脂で固めても、グラナディラにはならないし、砂を樹脂で固めても御影石にはなりません。

含浸型WPC
混練型WPCを「木粉混じりのプラスチック」とすれば、含浸型WPCは「プラスチック漬けの木材」です。木材の空隙に樹脂を注入したもので、床材やゴルフクラブなど、硬さ(傷の付きにくさ)を求められる用途に使われています。

含浸型WPCの場合、木材の構造が維持されているので、その性質は良くも悪くも木材に似ています。つまり、木材と同等かそれ以上の剛性や強度を示しますが、木材と同様、吸放湿に伴って寸法が変化したり変形が生じたりします。
含浸型WPCが木管楽器に使われた例は知りませんが、防水の目的で部分的に(表面に)樹脂を注入することはあるようです。


樹脂含浸圧密LVL
樹脂含浸圧密とは、細胞内腔(空隙)に樹脂を浸み込ませ、加熱しながら圧縮(熱圧)し、樹脂を硬化させる方法です。薄くスライスした木材(単板(たんぱ ん))に樹脂を注入し、重ね合わせて熱圧したものを樹脂含浸圧密LVLと言います。LVLは積層単板(Laminated Veneer Lumber)の略です。
樹脂含浸圧密LVLの歴史は古く、1950年代に米国で開発され、Compregという商標で市販されていました。樹脂を注入する、という意味では含浸型 WPCに似ていますが、含浸型WPCでは、空隙を樹脂で「充填」するのに対し、樹脂含浸圧密では、樹脂で細胞壁を「接着」します。

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木材は、圧縮しただけでも重く、硬くなりますが、折りたたまれた細胞壁同士を接着すると、特に木目直角方向の堅さや強さが飛躍的に向上します。紙をただ重ねるのではなく、糊付けして重ねた方がはるかに丈夫になるのと同じです。

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現在では、様々な樹脂含浸圧密LVLが特殊用途向けに製造されています。樹脂含浸圧密LVLは、混練型WPCと違って、細胞壁の構造がほぼ完全に維持され ています。しかも、含浸型WPCに比べて樹脂の割合が少ない(=80%以上が木材)ため、天然の重硬材(グラナディラなど)に非常に近い性質を示します。 ただ、現在市販されている素材は、頻繁に水浸しになるような環境を想定していないため、管楽器に用いた場合、乾燥時に割れる場合があります。


グラナディラを植林する試みもありますが、成果が出るのは数十年先です。その間に、楽器メーカーの(グラナディラの)ストックはなくなります。それまでに、グラナディラに替わる材料を開発しなければなりません。代替材の開発は喫緊の課題です。
当研究室では、日本の素材メーカーやフランスの管楽器メーカーと協力して、グラナディラに匹敵する寸法安定性を持った樹脂含浸圧密LVLの開発を行っています。
近い将来、日本産の木材から作られた日本の素材が木管楽器素材のスタンダードになるかもしれません。


おわりに
グラナディラもローズウッドも、立派な「枯渇危惧種」ですが、「自分が楽器を1台買ったくらいで絶滅するわけじゃない」と思っている奏者が多いのではないでしょうか。
グラナディラに近い木質系の素材はいくらでもありますが、グラナディラの楽器が店頭に並んでいるうちは、奏者は気に留めないでしょう。また、倉庫にグラナディラのストックが残っているうちは、楽器メーカーも真剣に考えないでしょう。


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