弾き込む(吹き込む)と音が良くなる?


楽器を長期間弾き続ける(弾き込む)ことによって楽器の質が良くなる、と信じている音楽家や楽器製作者は少なくありません。ただ、弾き込みの効果を科学的に証明した例はありません。

楽器を演奏すると、いろいろな部分が変形します。弦を張ればヴァイオリンは変形します。張力が一定であっても、木材の変形は徐々に進行します。周囲の湿度が変わると、木材が湿気を吸ったり吐いたり(膨らんだり縮んだり)するので、楽器は変形します。部屋の湿度が一定であっても、ヴァイオリンの胴の内側では(演奏時の奏者の呼気によって)湿度が上がり、木材が膨張し、楽器が変形します。このように、楽器を弾き続けなくても、弦を張ったり、楽器を構えたりするだけで、楽器が変形し、音が変化する可能性があるのです。

木管楽器管体(の表面)は、演奏とその後の乾燥によって膨張と収縮を繰り返します。この場合、吹き込みの効果から、乾湿繰り返しの影響を除外するのはほぼ不可能です。そもそも、弾き込みや吹き込みの効果は少なくとも数カ月以上の演奏によって顕れますが、数カ月間、体調や感覚を一定に保つことのできる演奏家は多くありません。

実際、厳密に行われたブラインドテスト(先入観などが入らないように工夫された評価実験)の結果を見ると、奏者が認識できるほどの効果はなさそうです(参考資料1,2)。


持続的加振による木材物性の変化
一方、持続的な加振によって木材の振動特性が変化することはかなり昔から知られています(参考資料3,4)。祖父江らは、木材を振動させ続けると繊維方向の損失正接が徐々に低下することを発見し、「木材を乾燥する過程で細胞壁中に残留した内部応力が加振によって緩和する」との仮説を提案しています。

もしこの説が正しければ、弾き込みは一種の物理エージングであると言えます。その場合、老化や熱処理と同様に、吸湿や吸水によって効果の一部が回復すると予測されます。ただ残念ながらこの現象の可逆性に焦点を当てた研究はありません。当研究室では、弾き込みや吹き込みの効果を様々な角度から検証するとともに、その可逆性に注目して検討を進めています。


参考
1) Clemens et al.: Effect of vibration treatment on guitar tone: a comparative study. Savart J., 1-9 (2014).
2) Ra Inta et al.: Measurement of the effect on violins of ageing and playing. Acoustics Australia 33(1), 25-29 (2005).
3) 祖父江信夫, 岡安繁: 木材の動的粘弾性の振動履歴効果. 材料 41(461), 164-169 (1992).
4) Hunt and Balsan: Why old fiddles sound sweeter. Nature 379, 681 (1996).


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