楽器用塗料としての漆


漆とは?
我々は、漆の楽器塗料としての有用性に着目しています。漆は、古代から東アジアで接着剤や塗料として頻用されています。数千年前の遺跡から様々な漆器が出土していますが、数千年もの間、その木が腐らずに済んだのは、漆の優れた耐久性のおかげです。
漆の美しさについては言うまでもないでしょう。実用的な「塗料」を超え、「漆芸」という芸術の域にまで達しています。漆の上品な光沢は、表面の非常に細かい凹凸によって生まれます。


原子間力顕微鏡で見た漆の表面
色の濃さは高さを示す(単位ミクロン)


楽器用塗料としての漆
和楽器の中には、漆塗りの笛や琵琶などもありますが、美観のために塗られたと考えられるものがほとんどです。一般に、木材を塗装すると、振動吸収力が大きくなると同時に異方性が小さくなる(どちらもマイナスの効果)ため、楽器響板は極力薄く塗装されます。では、同じ厚さに塗った場合、漆は他の塗料とどう違うのでしょうか。

漆が固まる過程で、漆の主成分であるウルシオールは、互いに強く結びあって網目状の構造を作ります。そして、比較的「堅くて硬い」塗膜を作ります。その振動吸収力は、楽器によく使われるポリウレタン樹脂塗料と同程度かそれ以下であることが確かめられています。また、漆は木とのなじみがよく、非常に強固に付着します。漆で接着した木を引っ張ると、漆ではなく木が壊れてしまうくらいです。したがって、拭き漆の技法を使って極力「薄く」塗りさえすれば、漆は楽器響板にも使えます。

もちろん、漆を塗るにはそれなりの技術が必要ですし、値段も安くはありません。したがって、漆の適用は、ベルトコンベア方式で大量生産されるような楽器ではなく、手間をかけて作られる高価な高級楽器に限られるでしょう。ただ、天然の樹液であることや、屋内で使用される限り何百年も劣化しない性質は、長年使用される楽器の塗料として非常に重要だと思います。


ナノ乾漆を用いた響板コーティング
我々は、伝統的な繊維強化樹脂である乾漆(かんしつ)と、最近話題のセルロースナノファイバーを組み合わせることにより、しなやかで強い楽器保護膜を作る研究をしています。

麻布を用いた伝統的な乾漆の場合、繊維が太いため、補強効果はそれほど大きくありませんが、同じセルロース繊維であっても、麻布よりずっと細いミクロフィブリル化セルロースを使うと、漆膜の堅さや強さが著しく向上します。また、繊維が目に見えないほど細いため、複合しても繊維が目立たず、光を通す薄い膜が作れます。このような膜を貼り付けることにより、楽器の響きを損なうことなく、その表面を保護できると期待されます。日本が世界に誇る漆芸技法と、最新のナノファイバー技術を組み合わせることで、日本の美を纏った西洋楽器が生まれるかもしれません。


参考資料
1) Obataya et al.: Effects of oriental lacquer (urushi) coating on the vibrational properties of wood used for the soundboards of musical instruments. Acoust.Sci.Technol. 22(1), 27-34 (2001)
2) 小幡谷英一:木製弦楽器に使われる樹脂の特性. 接着学会誌 52(10), 316-320 (2016).


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