葦以外のリード材料


プラスチックリードはなぜ売れる?
以下、プラスチック系の人工材料でできたリードをひっくるめてプラリードと呼ぶことにします。私の周りに、プラリードを持ってる人はけっこういます。でも、普段からそれを愛用しているという人はいません。かくいう私も1枚持っています。私のような貧乏人にとって、2000~3000円もするプラリードは、決して安い買い物ではありません。でも、「もし、万が一、こいつが使い物になるんなら、吹いてるうちに質が変わることもないし、へたることもないし、一生リードに悩まずに済むかも・・・」という淡い(甘い)期待から、なけなしの小遣いをはたいて買ったのです。

でも、ちょっと吹いてみて、激しく後悔しました。なんとなく「ボヨーン」とした吹き心地だし、高音は詰まるし、ジャンプすると「キャッ」って鳴るような気がするし・・・。もちろん、もっと上手な人が吹いたらまともな音が出るのかもしれませんが、とりあえず本番どころか練習にも使う気がしません。こういう人は意外と多いはずです。そして、そういう人のおかげで、プラリードの会社はつぶれずに済んでいるのではないでしょうか。少なくとも、リード楽器奏者全員に1枚ずつ行き渡るまでは、プラリードは売れ続けるでしょう。たとえそれが「最初で最後の」1枚だとしても。


葦とプラスチックの違い
密度と堅さ(たわみにくさ)について、代表的なプラスチックであるアクリルと、葦や木を比較してみましょう。

乾いた状態では葦や木の方が圧倒的に軽いのですが、濡れた状態では、プラスチックも葦も木もほぼ同じ密度です。これは、葦や木の細胞の穴が、密度1g/cm3の水で満たされるからです。堅さについても、葦とプラスチックに大差はありません。ではいったい何が違うのでしょうか。


下のグラフには、振動吸収力と、縦と横の堅さ比を示してあります。葦や木は、水に濡れると振動吸収力が大きくなりますが、それでもプラスチックに比べると1/5程度です。また、プラスチックの性質には縦も横もありませんが、葦や木の場合、木目の方向が堅く、それと直角の方向が柔らかいという性質(異方性)を持っています。

振動吸収が大きいと、与えた力が音にならずに熱になってしまいますから、プラリードが「吹いた感じがしない」のは、振動吸収の大きさによるのかもしれません。

一方、異方性に関しては、それがどのような形で吹き心地や音に影響を与えるのか、まだはっきりとはわかっていません。ただ、異方性が高い材料ほど音色が「好ましい」と評価されることが既にわかっています。したがって、リード材料としては、葦と同程度かそれ以上の異方性を持ったものが望ましいと思われます。


様々な異方性材料
材料科学の発達した現代では、実に様々な材料が手に入ります。密度や堅さ、振動吸収力が葦と同程度の材料は、比較的容易に手に入れる(あるいは創る)ことができます。ただ、葦の異方性を真似するのは容易ではありません。

異方性の高い人工材料としては、グラスファイバーやカーボンファイバーで強化した樹脂(FRP)がよく知られています。ところが、これらの材料は、堅さや強さを目指して開発されたので、葦のような「軽く、柔らかい材料」を作るのには適しません。横方向を柔らかくするには、柔らかいプラスチックを使うか、プラスチックを泡状にするという手がありますが、そうすると、堅いファイバーとの間にズレが生じやすくなります。また、この種のファイバーは非常に堅い(葦のスジの10~40倍!)ので、葦と同じような堅さのものを作ろうと思ったら、ファイバーをかなり「まばらに」配置しなければなりません。まばらにするのは難しくありませんが、「まばらに」かつ「均一に」配置するのは容易ではありませんし、できたとしても、かなり値段が高くなりそうです。


木材の可能性
さて、材質が葦に近い、という意味では、木が最有力候補です。成分や細胞壁の構造も似ていますし、何より安価で簡単に手に入ります。ただ、木にはいくつかの欠点があります。

木材の欠点
次に示すグラフは、種々の材料を水で濡らしたときの堅さの変化を示しています。横軸は曲げ堅さの変化、縦軸は捩り堅さ(捩れにくさ)の変化を表します。葦(水色)に比べて、木(黄色)は、濡らしたときの堅さの変化が大きいことがわかります。つまり、木は葦に比べて水分の影響を受けやすい不安定な材料と言えます。

もう一つの木の欠点は「へたりやすさ」です。下図のように、力を加えた状態で湿度を変化させると、木(黒線)は葦(赤線、青線)と同等かそれ以上により大きく変形します。吹いている間にへたりやすいのです。

密度、堅さ、振動吸収力、異方性、どれをとっても木は葦にいちばん近い材料です。しかも、安価で容易に入手でき、きちんと選別しさえすれば質のそろったリードを多数作ることが可能です。材質の不安定性やへたりやすささえ解決できれば、それなりに良いリードが作れそうです。


様々な木材の改質法
木の材質安定性を高め、へたりにくくする方法はたくさんあります。化学処理がその一つです。何かをコーティングして湿気を遮ったりするのではなく、木そのものの性質を変えてしまうのです。化学処理は一般に大きな寸法の材料には適しません。薬品を均一に注入するのが難しいからです。でも、寸法の小さいリードなら、均一に処理するのはそれほど難しくありません。

よく知られた化学処理にフォルムアルデヒド処理があります。この処理をすると、木の振動吸収力が小さくなり、効率よく振動できるようになるため、既にギター響板などに応用されています。ただ、この処理は木の持つ様々な性質のバランスを大きく変えてしまいます。また、安全性の点で、口に入れるリードには適しません。

一方、木の性質のバランスをあまり変えることなく、湿気に対する安定性を高めることができ、かつ安全性が極めて高い処理として、アセチル化処理があります。処理の過程で酢酸が生じますが、水洗で除去できます。そもそも酢酸=お酢、ですから、悪影響は一切ありません。以下、アセチル化処理した木をAWと略します。


アセチル化木製リード
ひとことで「木」といっても、種類によって性質が様々なので、葦に近い木を探すため、バルサ、キリ、スギ、各種スプルース、カバ、カシ、サクラなど、軽いものから重いものまで、様々な種類の木について調べてみました。

下の3つのグラフは、濡れた状態で測定した様々な性質(曲げ堅さと密度の関係、捩り堅さと曲げ堅さの関係、振動吸収力と曲げ堅さの関係)です。代表的なプラスチックであるアクリルは、木とも、AWとも、葦とも違うことがわかります。一方、木とAWはあまり違いません。また、木の中には、葦に近いものもあります。また、先に示したクリープ変形のグラフを見れば、AWが葦以上にへたりにくいこともわかります。


このようにして、様々な木を調べた結果、キリやスプルースといった比較的軽い木が、葦によく似た性質を持つことがわかりました。このうち、葦に近かったのがキリです。ただ、キリは導管が太いため、薄い(100ミクロン程度)リードの先端で割れてしまいます。そこで、キリに次いで葦に近かった各種のスプルースでリードを作ることにしました。スプルースなどの針葉樹の組織は、目が細かく、比較的均質です。これは、質の揃ったリードを作るのに向いています。


左から、葦、キリ、シトカスプルースの断面
(右下のバーは100ミクロン)

こうしてできた木のリードを、何人かのプロの奏者の方に試奏していただいたところ、ほとんどの方から「実用化は十分可能」との評価を頂きました。演奏会本番で使ってくださった方もおられます。奏者によっては「かたい」「吹きにくい」という評価もありましたが、これについてはカットの工夫でかなり改善されると考えています


これは個人的な意見です。私は、AWリードが葦に取って代わるとは思っていません。葦に近い、というだけで、葦そのものではないからです。葦リードとAWリードでは、音色や吹き心地が明らかに違います。ですから、AWリードの音は自分の目指す音ではない、という人がいて当然です。 でも、少なくとも、AWリードはリードとして使えます。そこが「使えないプラリード」との決定的な違いです。また、木のフルートと銀のフルートを使い分けるように、葦のリードと木のリードを使い分ける人がいたっていいと思っています。現状では「葦または葦またはプラスチック」ですが、「葦にするか秋田スギにするかカナダ産スプルースにするか」で悩めるようになったらおもしろいな、と思っています。


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