リード裏面の膨張


リードが鳴らなくなる原因として意外に見過ごされがちなのが、裏面の膨張です。

上図aのように、新品のリードの裏面は平らに加工されており、マウスピースのテーブルにぴったり密着しています。ところがリードの中には、使っているうちに裏面がだんだん膨らんでくるものがあります(下図b)。こうなるとリードとマウスピースの間に隙間ができ、息が集まらなくなります。この原因は葦の乾燥過程にあります。


下の写真左側は、伐採直後の葦の断面です。細胞の断面はきれいな円形をしています。ところが、これを乾燥していくと、柔細胞のあちこちが不規則につぶれ始めます。このような変形は「落ち込み」と呼ばれています。葦や竹の柔細胞は、大径で壁が薄く、しかも水で完全に充たされているために、乾燥温度が低くても(~30℃)著しく落ち込みます。似たような現象は木材でも起こりますが、乾燥温度が高い場合に限られます。


生の葦(左)と、乾燥後の葦(右)

一般に、生木を乾かす場合、ゆっくり乾かした方が割れや反りが少なくなります。リードを作る際も、伐採した葦をまず屋外で風に曝し、数ヶ月かけて非常にゆっくり乾かします。これは一見理にかなっているように見えます。 ところが調べてみると、葦の場合、ゆっくり乾かした方が著しい落ち込みを生じることがわかりました。また、節を付けたままだと落ち込みが酷くなることもわかりました(乾燥速度が低下するため)。要するに、リード用の葦は、細胞がより大きく落ち込むような条件で乾燥されているのです。


下のグラフは、伝統的な方法で作られたリードに、どの程度落ち込みが含まれているかを示しています。個体や節の位置によって若干の違いはありますが、全ての葦に落ち込んだ細胞が含まれています。

クラリネットのリードには、根元から数えて3~10番目くらいの節が使われますが、その範囲に限っても、最大で5%の収縮が落込みによって生じています。これは、もしその落ち込みが回復したら、リード裏面中央部が0.15 mm(厚さ3 mm × 5%)膨らむかもしれないことを意味しています。0.15 mmというのはわずかなようですが、リード裏面中央部だけが上質紙2枚分膨らめば、息が漏れるには十分です。

残念ながら、特殊な方法(凍結乾燥、溶媒置換など)を使わない限り、落ち込みを完全に防ぐことはできません。落ち込んだ細胞の形は、乾燥後も残ります。そして、その状態でリードに加工されます。したがって、市販のリードのほとんどは、落ち込んだ細胞を含んでいると言えます。


さて、落ち込んだ細胞が永久に落ち込んだままならば、何の問題もありません。ところが厄介なことに、湿気を吸ったり吐いたり(吸放湿)を繰り返すと、落ち込んだ細胞が徐々に元の形に戻っていくのです。先の写真に示したように、細胞の落ち込みは、表皮からちょっと内側に入った中層部で顕著に発生します。したがって、リードの中央部分の方が、端部(サイド)部分よりも、より多くのつぶれた細胞を含むことになります。そのため、落ち込んだ細胞が元に戻ると、端部より中央部が大きく膨張します。このとき、硬い表皮に覆われたリードの表(おもて)面はほとんど変形できないので、結果的に裏面の中央部だけが膨張するのです。


下の写真は、乾燥過程で落ち込んだ細胞(左)と、蒸気を当てて形を回復させた細胞(右)を示しています。80℃以上で数分蒸すと、つぶれた細胞の形はほぼ元通りになります。細胞の変形を一時的に固定している非結晶成分が、水と熱の作用によって柔らかくなるからです。これは服に蒸気を当ててシワを取るのに似ています。


裏面が膨らんだリードを元に戻すのは不可能です。リードを硬い平面に押し当てて強い力をかければ、ある程度は平らになるでしょうが、根本的な解決にはなりません。裏面を削るという荒技もありますが、リードの吹き心地が変わるのを覚悟する必要があります。

落ち込みの回復によって裏面が膨らむというなら、もう一度細胞を落ち込ませれば元に戻るじゃないか、という考え方もありますが、いったん乾燥した葦を再び水浸しにすると、一部の成分が溶け出して細胞が弱くなり、再び乾燥する際により著しく落ち込むことがわかっています。そのため、リードを水浸しにしてから再び乾かすと、多くの場合、裏面中央部が(逆に)凹みます。

したがって、落ち込み由来のトラブルを防ぐには、落ち込みを含まない葦でリードを作るしかありません。実は、これはそれほど難しいことではありません。先に述べたように、落ち込みを起こさずに乾かすことは不可能ですが、蒸気を当てることによって落ち込んだ細胞を元に戻すことはできるからです。具体的には、葦を乾燥する際に節を取り去り、細かく割って、低い温度で速やかに乾燥すれば、それだけで落ち込みはかなり減ります(ついでにカビや腐朽菌による汚染も防げます)。そして、蒸気を当てて落ち込みを完全に回復させた上でリードに加工すればよいのです。伝統にこだわるリードメーカーには受け入れられない方法だと思いますが。


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