リード用葦材の低温気相アセチル化

 この実験の目的は、特殊な器具や煩雑な操作を必要としない、簡便で安全な処理法の確立です。

 ここでは、当研究室の学生が卒業研究として行った実験の結果を紹介します。

従来の高温液相アセチル化
 木材の分野では、既に工業的にアセチル化が行われています(主に欧州)。通常は、木材を液体の無水酢酸に浸け、高温で数時間加熱する「高温液相法」が用 いられます。この方法では、規模の大小に関わらず、温度を一定に保ったり、揮発した無水酢酸を回収したりするために、専用の器具が必要です。
高温液相法
実験室での高温液相アセチル化

 液相法は、大きな寸法の木材を中までムラなく処理したいときに有効な方法です。ただ、木材に含まれる成分や、副生成物である酢酸が無水酢酸に溶け出し、 無水酢酸を汚してしまうため、次に処理する際には(無水酢酸を)精製しなければなりません。また、木材中に残留する未反応の無水酢酸が無駄になってしまい ます。高温液相法は、工業的には合理的ですが、奏者やリード製作者が「少量の葦を」「自ら」アセチル化する方法としては煩雑すぎます。

 さて、葦のアセチル化については研究例がほとんどないため、従来の高温液相法でどの程度処理されるのかを調べてみました。処理レベルは通常「質量増加 率」で判断します。木材でも葦材でも、アセチル化すると重くなります(-OHが-OCOCH3に置き換わるため)。したがって、重さの増え方を調べれば、 どの程度処理されたかがわかるのです。下のグラフは120℃で処理した時の質量増加率と処理時間の関係です。
高温液相法
 木材と同様、8時間ほどで反応がほぼ完了するようです。そして、このときの重量増加率は18~20%です。
 なお、この実験では、葦に含まれる糖をあらかじめ除去し、糖の溶脱による質量変化を除外しています。

 先に行われたアセチル化リードの試奏試験により、120℃-8時間の処理によりアレルギー症状がほとんど出なくなることがわかっています。したがって、処理レベルの目標は「重量増加率18%以上」と言えます。

低温気相アセチル化
 今回試みた「低温気相法」は、
1) 高温で短時間処理するのではなく、低温で長時間処理する(弱火でじっくりコトコト)
2) 液状の無水酢酸に浸けるのではなく、無水酢酸の蒸気にさらす(茹でるのではなく蒸す)
というものです。

 低温と言っても「従来より低い温度で」という意味であって、冷蔵庫で冷やすわけではありません。リードに限らず、楽器や楽器パーツの製作には長い時間が (場合によっては何年も)かかります。ですから、簡便に処理できるなら、多少処理時間が長くなってもかまわないと考えました。

 気相法にはいろいろなメリットがあります。
1) 無水酢酸の消費量を最小限に抑えられる(無水酢酸が無駄にならない)
2) 無水酢酸が汚れない(無水酢酸を精製せずに繰り返し処理できる)
 大きな寸法の材料を気相法で処理すると、中まで処理できない場合がありますが、リードのような短くて薄い材料を低温で長時間処理する場合には問題にはなりません。

 具体的な方法はいたって簡単です。無水酢酸を入れたガラス瓶にリードを入れ、ガラス瓶を密閉し、家庭用の保温庫に入れて放置するだけです。

ビン保温庫
無水酢酸とリードを入れたビン(左)と保温庫(右)

 今回用いた保温庫は、レジャー用の保温冷庫で、保温モードにすると庫内が60℃になります。価格は1万円台です。下のグラフは、この方法で処理した時の処理レベルと処理時間の関係です。

低温気相法
 およそ2週間で、目標の質量増加率(黄色の部分)に達することがわかります。「2週間の処理」は、工業プロセスとしては非現実的ですが、アレルギーに悩む奏者にとっては、十分現実的だと考えています。

 現在、さらに低い温度での処理や、無害な触媒を用いた処理時間の短縮、リードの形状に応じた適切な容器の選択など、実用化に向けた検討を行っています。

結論
 十分な時間をかければ、家庭用の保温庫を用い、最小量の薬品でリードをアセチル化できる。

おことわり
 このページでは、詳細な方法や結果(正確な数値など)を載せていません。それを公表してしまうと、学生さんの論文(卒業論文、修士論文など)のオリジナ リティが損なわれてしまうからです。詳細な方法や結果については、いずれ学術雑誌上で公表しますので、それまでお待ちください。

お願い
 このページにある文章、写真、図の著作権は筑波大学木質材料工学研究室にあります。無断転載(図等への直接リンクを含む)はお断りします。


トップページへ戻る