筑波大学 人文社会科学研究科                                                現代語・現代文化専攻                                           平井 明代研究室



2019年度  応用言語学特講Ⅰa

Chapter 4

Issues Involved in Ethnographic and Case Study Research ~ Contextualization

 

Problematizing Culture and Community

TESOL Quarterly research ガイドラインによると

エスノグラフィー:「文化」の研究による、直接経験的な、文脈化された、自然主義の、仮説を生み出すemic(内部の観察)な方向づけの研究

L2ライティングの文脈ではカルチャーはHolliday(1999)の「small culture(小さな文化)」を指し、教室やプログラム、組織のような集団によって共有されているふるまいや信念のこと。

big culture:「西洋文化」「アメリカ文化」といった、国民国家といった大きな集団の文化。

研究例)

n Atkinson and Ramanathan(1995)同じ大学のESLmainstream(母語話者)のライティングプログラムにおける「ライティング文化」の対照

n Hyland(2004)ジャンル分析を用いてdisciplinary cultureを調査

 

しかし、文化というものは応用言語学やL2ライティングを含む多くの学問分野で批判を受けている捉えどころのない概念である

根本的な問題としては文化内のプラクティスは均一であると仮定するため、グループ内に存在する多様性や不平等をとらえきれないことである。さらに、複数の文化に参加する機会が増える世界において、文化は流動的なものになり、文化的集団の定義することは難しい。

TESOL Quarterly research ガイドラインでは「エスノグラフィー研究における文化とは、統一されまとまりのある固定的で静的なものとは異なり、異質なもので矛盾を含み、交渉しながら発展するものとして扱われる」として明記されている。今後は、対立し、交渉され、進化していく文化において、一連のプラクティスを文書化することを確立する必要がある。

 

Ethics

倫理はほとんど触れられることはないが、エスノグラフィーやケーススタディなどのスモールスケールの研究には倫理的な問題を考慮する必要がある。例えば、ラージスケールの実験的研究では実験協力者を特定不可能な形にすることは容易である一方、個人に注目する研究では難しい。加えて、長期に行われる研究の場合は実験協力者に依頼するcommitment(約束)のレベルはその研究がどの程度参加者にとって役に立つのかという質問をより必要とする。どう研究内容を公表するか?どう協力者に成果を知らせるか?など

 

実際の研究での配慮

n どの程度実験に参加するかを実験協力者が決定する

n 応えたくない質問には拒否

n 録音・録画してよいかを尋ねる

n トランスクリプトや最終レポートのコピーを渡す

 

研究協力者の研究参加による益

n L2ライティングの研究者がチューターやアシスタントの役割

n 教師と協力しプロジェクトを教育的に向上させる

 

倫理問題

配慮してもすべての問題をカバーできるわけではない

一般的なmicroethics(個人の権利保護)だけでなく、特定の状況における個人の権利保護についても日々の研究では考慮する必要がある。

 

Observer’s Paradox

エスノグラフィーやケーススタディのみならず、実験協力者の「自然な」様子を観察するときに起こりうる問題

ホーソン効果

n 研究者に期待される行動をする

n 工場を観察すると、労働者は普段と異なる働きをした

→いつもより注目されるため

観察者のパラドックス

n 観察者が存在することで、「自然」ではなくなってしまう

n 社会言語学者のWilliam Labov(1972)が命名

n インタビューすると協力者は普段よりもフォーマルなスタイルで話した

両方とも、協力者が研究者に良い印象を与えようとする問題である。

(教師が普段は使わない技術を観察時に使用するなど)

観察したいもの(本当はどのように話すか、考えているか)と観察できるもの(実際に何を話したか)が異なっている。

解決する方法

異なるデータを比較し、観察の外でも起こる現象をチェックする

長期的な研究なら、観察者が存在することになれることで、普通のふるまいをできるようにする

 

reflexivity(再帰性)

調査ではco-constructed(共構築)であるため研究者の立場や信念、背景知識が調査に影響を及ぼすことがある

→自身のバックグラウンドを示す必要があるが、明らかにされないことが多い

 

Evaluative Criteria

質的研究のための評価基準の決定はさまざまな学問分野でディスカッションされ、作られてきた

量的研究のための基準を直接質的研究に適応することはできない

例)小さいサンプルサイズの研究はランダム化された大規模な研究のように一般化することはできない

postposistivist assumptionpostmodern paradigm(エスノグラフィーやケーススタディ)は相いれない

しかし、質的研究が基準を免除されるべきではない。Lincoln and Guba(2000)は、自分の研究結果に対し「人間のあるconstruction(構築)に充分に事実である」という自信がなければならないと述べている。

質的研究の評価規準の議論における中心は「その主張を保証するものは何か?」という疑問である。

・二人の研究者がインタビューデータをコード化した

・評価者間信頼性の調査

もっとも一般的なのは研究結果がcredible(データの解釈の確からしさ),dependable(一貫性),transferable(他の文脈にも応用できるか)の三点である。

 

Triangulation(三角測量)

三角測量は、dependency(一貫性)credibility(確からしさ)を高めるための基本的な方法である。土地測量の分野から借用された用語で、データを集める際に複数の方法のものを用いることを意味する。複数のソースから同じ結論が得られれば、より妥当性が高い。エスノグラフィーやケーススタディといったポストモダン研究者は、三角測量とはいくらか異なる方法で複数のデータを比較しより確かな成果を得る。

Denzin(1978)による三角測量の分類

1. data triangulation(データ三角測量)

データを異なる個人、異なる時間、異なる場所で集める。

2. investigator triangulation(調査者三角測量)

複数の研究者がデータの収集や分析に関わる。

member checking(研究者の解釈が妥当かどうかを調べる)も好まれる。

3. theoretical triangulation(理論的三角測量)

2つ以上の理論でそのデータを解釈する。

4. methodological triangulation(方法論的三角測量)

データを集める手法を複数にする。

 

4つめの方法論的三角測量がもっとも一般的である。しかし、複数の方法を用いている研究も多い。

例)

Lillis and Curry(2010)

方法論的三角測量(観察、インタビュー、テキスト収集)

データ三角測量(複数の参加者に複数回インタビューする、複数の草案)

調査者三角測量

Seloni (2014) textograpy

研究者も協力者も1人のみ

方法論的三角測量(複数のテキストとインタビュー分析)

理論的三角測量(cultural-historical activity theory, translingualism)

※cultural-historical activity theory:人の考えと行動の関係性を

分析するための理論的枠組み

translingualism:複数の言語・変種を取り入れて使う考え方。コードスイッチングの考えにも近い。

データ三角測量(2年間にわたり複数回データを収集)

 

複数のデータを扱う際、矛盾することがある

例)Leki(2007) Jan

教室内では勤勉な学生として見られていたが、インタビューでは自分のことを「抜け目のない操作者」と評し、手を抜くことを明らかにした。

Jan2つの側面を記述し、「矛盾の中で生きている」と評した。

複数のデータを扱う場合は、妥当性よりも人間の多様性についての証拠をみることになる。

 

Contextualization

dependabilitycredibilityを担保する方法に文脈化(contextualization)がある。これは厚い記述(thick description)と似ており、状況や出来事、プラクティスを部外者が理解できるように詳細に記述することである。

単に複数のソースからデータを集めるだけではなく、その複数のソースがどのように分析や発見につながるのかを明確にする必要がある。

)Franquiz and Salinas(2011)

スペイン語の国から来た11人の高校生向け歴史の授業についての研究

文脈化が行われたもの

トピック、進行、教材、アクティビティ、ライティングのトピックの指示、生徒の課題、歴史のカリキュラム

 

スペースの都合上、すべてを記述することは不可能であるが、データの選定の際十分な配慮がなされなければ文脈が失われる。

)ケーススタディでインタビュー、観察、ライティングドキュメントなどのデータがあり、それらすべてを使って分析を行い、解釈した。しかし、レポートでインタビューのみが触れられ、ほかのデータについてのディスカッションが無ければ、その発見についてのdependabilitycredibilityは不確かなものになってしまう。

 

Discussion point

「学習者の意欲とライティング技能の関連」についての質的研究を行うこととし、熟達度が高い学生と低い学生にそれぞれライティング課題とインタビューを行うことにした。この研究を行う際、考慮しなければならないことは何だろうか。