筑波大学 人文社会科学研究科                                                現代語・現代文化専攻                                           平井 明代研究室



2019年度  応用言語学特講Ⅰa

l  担当箇所:第4章 Transparencyから

 

<Transparency(透明性)>

 

Transparency(透明性):ある制度・組織の中における意思決定過程の見えやすさやわかりやすさ。参加者や場所がどのように選ばれたのか、参加者はどのように採用されたのか、データはどのように分析されたのか等、研究過程の記録に言及する。

 

・研究プロセスを明らかにすることによってリサーチデザインの質を評価でき、実験におけるその実験者の解釈に影響した潜在的な要素を特定できる。=信頼性に貢献する

・選択した分析方法に関して詳細に述べ、その分析方法をデータにどのように応用したのか、明らかになった主題や傾向はそれぞれの場所や個人のためのデータの多様なソースとどのように結び付けられたのか(within case analysis(ケース内分析))、あるいは、多様な場所と個人とどのように結び付けられたのか(cross-case analysis(ケース間分析))を記述すべきである。

 

<Generalizability(一般化可能性)>

 

Generalizability(一般化可能性):外的妥当性ともいう。研究結果が研究それ自体を超えて世界のどう関与しているかに関わる。

 

・一般化可能性の証明のための基本的な尺度が経験的、量的研究のアプローチにおける実証主義者の想定の中で確立している際、その尺度はエスノグラフィー、ケーススタディ研究の間では議論の余地がある。

・研究結果に直接的な研究の文脈を越えた領域との関連を見出したいエスノグラフィー、ケーススタディ研究者が上記のような批判が生み出される基盤を以下のように確立している。

       Purposive sampling(有意サンプリング)の中での尺度に基づいて個々のケースや場所の選択を行う。

Purposive sampling(有意サンプリング):何らかの判断等に基づいてサンプルを選んで行うサンプリングのこと。

       ケーススタディにおいて多様なケースを扱うorエスノグラフィーにおいて多様な場所を扱うことは、選択されたケース、あるいは場所が重要な点で異なっている際に、ある事象がどの程度典型的で一般的なのかを説明できる、ケース間分析を考慮に入れている。

・研究者は小さなスケールでの結果を、同じトピック上の理論や文献の中に位置づけることで直接的な研究の文脈を越えて適用することができる。このアプローチの恩恵を受けてきたのが、L2学習者のライティングのためのストラテジーにおけるケーススタディ研究である。しかし参加者が少なすぎると一般化ができない。

 

<Focal Study>

 

l  Kibler, A. K. (2014). From high school to the noviciado: An adolescent linguistic minority student’s multilingual journey in writing. The Modern Language Journal, 98, 629-651

 

Background

本研究はエスノグラフィー研究の一部であり長期的なケーススタディ研究である。スペイン語と英語のバイリンガルである10代の若者であり、高校からその後の2言語併用カトリック修練プログラムにおけるトレーニングまでの5年間のコースを終えたマリアという女性に着目した。

 

 

 

Research Question

英語を伝達手段として用いている高校での経験は、マリアのライティングの向上や、2言語併用方法を用いる中等教育後の環境への転移を、どのようにサポート、あるいは阻害しているのか?

 

Method

・データの収集は4年に渡って行われた(高校3年間+修練プログラム1年間)。このデータには英語とスペイン語の、ディスコースを基盤としたインタビューの中から選出されたライティングサンプルが含まれており、高校では授業観察がライティングの評価に結びつけられた。マリアのデータは57のライティングテキストと15のインタビューと20以上の観察記録(修練プログラムの観察は許されなかった)を含む。

・インタビューと観察記録はライティングテキストとは異なる方法で正確度の検証がなされた。

Kiblerは解釈を確認するために、マリアに関する分析的なメモも共有した。

・分析には主にIvanic’s(2004)の言語と能力のモデルを起用し、そのモデルにKiblerは2点変更を加えた。

     Kiblerのリサーチデザインではマリアの認知プロセスにアクセスすることができなかったため、代わりに「ライティングに対する志向(インタビューデータに反映されたマリアの、ライティングにおける客観性)」に焦点を当てた。

     ライティングの向上におけるマリアの2言語使用能力の影響を調べるために、前述したモデルをHornberger’s(2003)の二言語使用者の連続体で補った。

 

Results

・マリアの高校は単一言語(英語)使用だが、マリアのスペイン語の能力は「母語話者のためのスペイン語」といったようなコースを通していくらかの限られたサポートを受けていた。

L2(英語)のライティングの向上は2言語使用の出来事(スペイン語を話す仲間や教員との議論や、フィードバックを受けること)によって支えられていた。

・修練プログラムにおいて難しい能力が要求されても、高校で学ばれた基礎的能力が発展することはなかった(試験の際にメモを取る、短文で答えを書く等)が、高校で培われたマリアの洗練されたライティング能力と、英語の熟達度に対する自信の成長は、修練プログラムで要求される基礎的能力に対処するための基盤をマリアに与えていた。

 

<Discussion of an Ethnographic Case Study: Kibler(2014)>

 

・このスペイン語と英語の2言語使用者である10代の若者(マリア)の長期的なケーススタディ研究は、エスノグラフィーとケーススタディの境界を説明する。

 この研究はカリフォルニアの高校における5人のラテンアメリカ人の学生のエスノグラフィー研究から用いられており、主に個人のライティングの向上のケーススタディ研究ではあるが、この研究ではさらにライティングの向上を2つの異なるライティングコミュニティに位置づけている。また、それぞれのコミュニティの中で促進された能力に関しての説明も含んでいる。それゆえこの研究はエスノグラフィー的ケーススタディ研究として区別される。

・この研究の確実性と依存性は三角測量の多様な形式と高い文脈関連度によって高められている。研究結果はミクロ(マリアのテキスト)、そしてマクロ(学校の政策)なレベルにおいてかなり文脈化されている。

データ三角測量:2つの異なる環境の中での5年の期間に渡るデータ収集

理論に基づいた三角測量:Ivanic(2004)のモデル、Hornberger’s (2003)の第二言語連続体、社会文化的理論の使用

方法論に基づいた三角測量:テキスト、インタビュー、社会文化的理論

調査者三角測量:メンバーチェック(質問を明らかにするためにマリアと話し合う)→イーミックの観点にも貢献している

 

・この研究は透明性と再帰性の恩恵も受けている。Kiblerは研究者としてのポジション(人種や年齢、教育上の立場等)がどのように研究に影響を与えたのかに関しても配慮している。

  Reflexivity(再帰性):研究者が研究において設定する議題や仮説、研究対象の場所、個人的な信念や感情がどのように研究に影響するかを調べるためのプロセスの一つ。

Kiblerは教室を越えた多言語資源の潜在的な影響に関して考えるために、研究結果の含意、特にL2ライターの将来の研究のための必要性を詳細に説明している。

・短所

     修練プログラムにおいて大きく異なる能力が要求されたことと、Kiblerが修練プログラムの観察をすることができず、マリアの説明に頼るしかなかったことから、基礎的能力の移動可能性に関する確かな結果が得られなかった。

     マリアのライティングをサポートした出来事のいくらかの説明は直接的な観察とインタビューにおけるマリアの出来事に関する説明から導き出されているにもかかわらず、他の説明は全体的に後者に依存している。

 

l  Discussion Point

いずれかの教育段階(小学校、中学校、高校、大学等)で授業において伝達手段として英語を用いれば、英語運用能力は向上するのか?