![]() |
2019年度 応用言語学特講Ⅰa |
担当箇所: 12章
Emerging Methods and Current Issues 最初~Research Synthesesの前まで
この章では、L2ライティングの研究における傾向と将来的な方向性をみていく。まずは、現在はまだあまり用いられていないが、L2ライティングの研究において潜在的な可能性を持つものも含む、いくつかの技術やアプローチを概観する。この章には、量的で認知的な志向を持つ研究や質的で社会的な志向を持つ研究に関するセクションも含まれており、その後、L2ライティングの研究における統合的な研究の実行に関する議論がなされている。最後に、研究の質に関係する、L2ライティングの研究の分野の進歩のために焦点があてられるべき包括的な問題の要約とともに結論が出される。
<Emerging
Approaches and Technique in Quantitative and Cognitively Oriented Research(量的・認知的指向研究における新たなアプローチと手法)>
l Eye Tracking(視線計測)
・リーディングの分野の研究者は視線計測の機器を用いて文章のそれぞれの部分をどのように処理しているのかを理解してきた。
・Dussias(2010)やAnson
and Schweler(2012)等によってライティングの研究における視線計測の有用性は示唆されているが、視線計測機器を用いてL2ライティングやL2の文章の算出を調査した研究はほとんどない。
・現在、視線計測はライティングの認知的モデルの中でのL1ライターのプロセスを研究するために認知心理学の中で用いられている。
・視線計測の研究は研究室内でのものに限定されるため、調査できるライティングのタイプは限られている。
Table1.1
L1において視線計測を用いた研究
Almargot,
Chesnet, Dansac, and Ros(2006) |
eye
and penを用いて研究を行った。 eye and pen: タスクの環境下で自分たちが産出したテキストをライターがどのように見ているのかを示すために、筆跡と目の動きを記録することのできる機器 |
Almagot,
Plane, Lambert and Chesnet(2010) |
|
Beers,
Quinlan, & Harbaugh(2010) |
向上した自分の文章をライターはどのように読むのか、また、動作はどのようにテキストの質に関係しているのかに焦点を当てた研究。 |
Nottbusch(2010) |
単一の文の産出に焦点を当てた研究。 |
Van
Waes, Leirjten, & Quinlan(2010) |
Table1.2
L2において視線計測を用いた研究
Shintani
and Ellis(2013) |
L2の訂正フィードバックの異なるタイプの経験的な研究を視線計測によって補完した。 |
Winke
and Lim(2015) |
エッセイを採点する際に評価者はルーブリックのどこを見ているのかを視線計測を用いて研究した。 |
・視線計測はどの研究者も利用可能であるわけではないが、以前は観察できなかった認知的なプロセスを調査できる可能性を持つ。
l Keystroke Logging(キーロガー)
・キーロガーは参加者のコンピューター上での活動を追跡することができる。
・キーロガーを用いた研究は視線計測を用いた研究と同様に、L1のライティングにおける認知モデルの中に位置づけられている。
・ライティング研究の多くにはInputlogというMariëlle Leijten and Luuk Van Waesによって開発されたフリーソフトウェアが用いられている。Inputlogはライターがどこでどのくらいの期間休止し、どのキーをタイプしたのかに関する情報を提供するものである。このようなソフトウェアは膨大な量のデータを提供するものであるため、解釈が難しくなることがある。
Table2.1
L1においてキーロガーを用いた研究
De
Smet, Brand-Gruwel, Leijten, and Kirschner(2014) |
ライティングプロセスにおける電子的な強調の影響を調査した研究。 |
Leijten,
Janssen, and Van Waes(2010) |
ライティングプロセスの側面を説明しようとした研究。 ライターの音声認識のソフトウェアの使用と、そのソフトウェアによって産出されたエラーをライターがどのように修正するのかを調査した。 |
Deane
amd Zhang(2015) |
キーロガーのデータがどれほど得点を予測することができるのかを調査するために、言語人文科学のテストにおける2500以上のエッセイを分析し、キーロガーのデータと結び付けた。 |
Table2.2
L2においてキーロガーを用いた研究
Miller,
Lindgren and Sullivan(2008) |
3年以上にわたって3回データを集め、スウェーデンの高校の生徒のライティングプロセスや産出の長期的な研究を行った。 計測は流暢さや修正や休止の間にタイプされた文字数、修正(削除や挿入)を計算できるソフトウェアを用いて行われた。 |
Barkaoui(2016) |
ライティングタスクを行う時間内での修正に焦点を当てた研究。 いつ、そしてどのように生徒が修正を行うのか、タスクタイプやL2の熟達度、キーボードのスキルは修正に影響をもたらしているのか否かを解明しようとした。スクリーンキャプチャのソフトウェアとともにInputlogを用いて研究を行った。 |
・キーロガーを用いると、データは大きなグループにおいて収集され、転写の必要がない。
・キーロガーのソフトウェアは膨大な量のデータを収集してしまうということ、ライティングプロセスの様々な側面を調査するためには一定の原則に基づいた前提を必要とするソフトウェアがあるということに注意しなければならない。
<Emerging
Approaches and Techniques in Qualitative and Socially Oriented Research(質的・社会的志向研究における新たなアプローチと手法)>
l Reflective Narratives and Autoethnography(内省的な語りとオートエスノグラフィー)
reflective narratives(内省的な語り):
個人がL2研究者、学習者、指導者としての経験を反映する語りのこと。ある経験を釈明する記述は洞察を促進する熟考のための機会としてみなされる。
研究者が他者に話された語りを分析するという他のタイプの調査とは異なり、内省的な語りの中では、研究者は物語の一部となる。
・reflective narrativesは応用言語学の分野において目立つようになってきている。
・personal narrative(個人的な語り)はL2ライティングの分野において長い歴史を持つ。しかしながら、そのような語りを研究としてカウントできるか否かは未解決の疑問である。
Table3
personal narrativeを用いた研究
Bell(1997) |
中国語の読み書き能力の習得に関する自叙伝を用いた研究。 |
Casanave(1997) |
生徒、学者、教育者としての学術的な談話との関係に関する意見を用いた研究。 |
Belcher
and Connor(2001) |
多くの言語において読み書きができるようになることに関係するプロセスや感情に関しての、学者の議論を用いた研究。 |
Casanave
and Li(2008) |
英語を媒介とした学士教育における読み書き能力の要求を乗り越えた個人によって書かれた、学術的な社交性に関する物語の書物を編集した。 学士の生徒とその生徒の助言者は故意に理論化や方法論を避けているという側面によって、研究としてカウントすることが難しい。 |
Numan
and Chi(2010) |
参加者は文化やアイデンティティ、言語学習のいくつかの側面との関係性の中で、自分の経験を理論化することを求められており、語りが明確に研究として分類されている。 |
Luke(2010) |
彼自身の語りにおける批判的な観点を通じた経験の解釈が、彼の学問的なアイデンティティの一部とされている。 |
Vandrick(2009) |
TESOL のプロフェッショナルとしての彼女の経験を記録する個人的なエッセイを収集した研究。personal narrativeの研究方法としての正当性を主張している。 |
autoethnography(オートエスノグラフィー):
自叙伝や闘病記のように、自分自身が参与したことを、自分自身の語りを通して表現した(広義の)民族誌的メディアのこと。
研究者と研究対象との関係性の再構築としての意味を持つと主張されてきた。
特定の文化的・社会的集団のメンバーとしての語り手の経験に焦点を当てている。
・オートエスノグラフィーと他の個人の語りの形の境界線は曖昧なことが多い。
・いくつかのオートエスノグラフィー(evocative
autoethnography(喚起的オートエスノグラフィー)等)は調査者の内省を強調する。
・オートエスノグラフィーでは、調査者は客観的な立場ではなく、事象や経験に感情的に従事している個人としてみなされる。この感情的な没頭は語りそのものに現れることになる。
・evocative autoethnographyの代案としてAnderson(2006)はanalytic autoethnography(分析的なオートエスノグラフィー)提唱した。このオートエスノグラフィーは以下の特徴を含む。
A)
調査者は研究されるコミュニティの完全なるメンバーである
B)
インタビュー等の方法は他人の声を取り入れるため、自己陶酔(無我夢中になってしまうこと)を避けるために用いる
C)
分析は個人の経験の単一の記述の下で行われる。
しかし他の学者は規範的でない方法論アプローチにも寛容になってきているという現状もある。
Table4 autoethnographyの研究
Canagarajah(2012) |
TESOLのプロフェッショナルとしての自分自身の成長を記述した。この記述によってノンネイティブスピーカーとしてのCanagarajahの経験における熟考がなされ、このジャンルの研究がどのように実現されるかのテンプレートが提示された。Canagarajahの経験はL2ライティングの教師、研究者としての経験であるにもかかわらず、この側面は語りの中に顕著に表れなかった。 |
・analytic autoethnographyはライティングの教師であり研究者である人物の自己の経験を利用した方法であるのに対し、evocative ethnographyはL2のライターや就業前の教師に、自分たちの経験や、その経験がライティングの指導に関係するより大きな社会的・理論的問題とどのように関連しているかに関してより深く考えさせる方法でもある。
l Critical Discourse Analysis(批判的談話分析)
critical discourse analysis(CDA)(批判的談話分析):
談話分析の方法を用いる研究のタイプの1つ。
テキストや会話を通して、社会的な力や不均衡がどのように生じ、再産出され、制限されるかを分析するための手法。
様々な談話分析方法を取り入れた談話分析を行うためのアプローチ。
Table5.1
CDAを用いた研究において提唱された尺度・枠組み・リスト
Lin(2014) |
応用言語学のCDAの研究を評価するための尺度を提唱した。 A)
社会的な献身 B)
実用的な意味を含み、公共に影響を受けやすい問題志向 C)
方法やアプローチの中での多様性や規律 D)
読者の媒介に対する気づきと論評されたディスコースの主題 E)
調査者の再帰性 |
Fairclough(1992,
2012) |
談話に関して3次元の枠組みを提唱した。 A)
テキストとしての談話(メタファーや態のような言語的特徴の分析) B)
広範囲のプラクティスとしての談話(テキストが産出され、消費される方法、テキストが他のテキストと結び付けられる方法) C)
社会的なプラクティスとしての談話(ディスコースのイデオロギーや覇権との関係) |
Flowerdew(2008) |
言語的特徴、指導的役割を果たす質問、焦点の様々なリストを提唱した。 |
Table5.2
CDAを用いた研究
Gebhard(2002) |
CDAをシリコンバレーの学校における英語学習者のクラスでの2年間のエスノグラフィー研究に適用した。 |
Ivanic(2004) |
Fairclough(2012)の三次元の枠組みを適用し、アメリカやイギリスの政策文書や教科書、教師の談話の中に存在するライティングの談話を、6つの談話に区別しながら分析した研究。 |
Sutherland-Smith(2011) |
Faircloughのモデルを用いて、オーストラリア、イギリス、アメリカのトップの20大学における剽窃に関する方針を分析した研究。 |
・大学の環境や剽窃における談話の研究は将来的なCDAの研究分野となる可能性が高い。
l Computer Mediated Discourse Analysis(コンピュータを仲介した談話分析)
computer mediated discourse analysis(CDMA)(コンピュータを媒介した談話分析):
コンピュータを媒介した環境で言語がどのように用いられるのかを調査するための談話分析のアプローチ。
・CDMAはmultimodal
discourse analusis(MMDA)(複合談話分析)と、デジタルテキストを用いるという点で同様であるが、MMDAが語、画像、音のインタフェースに広く焦点を当てているのに対して、CDMAは言語そのものに直接的に焦点を当てている。
・CDMAのある分野における不変の関心は、テキストだけの環境で、他のコミュニケーションルート(対面での会話等)が欠乏した状態で、コミュニケーションや巧みな活動がどのように行われるのかというものである。しかし最近では、コンピュータを介したコミュニケーションはより複合的になりつつあるため、CDMAの研究も複合的な観点を持ちつつある。
・L2ライティングの研究においてCDMAは2つの分野に分けられる。
A)
コンピュータを媒介したコミュニケーション(CMC)のアフォーダンスは、L2の生徒の参与を促進するのか、あるいは阻害するのかを決定するという目的において、ピアレビューや共同でのライティングといった活動中に対面のコミュニケーションとCMCを比較する研究分野
アフォーダンス: 人と物との間に存在する関係そのもののこと
B)
CMCの環境下で産出されたテキストを分析するという過程を含む研究分野(多くはクラス外でのライティングに焦点を当てている)
Table6
CDMAを用いた研究
A |
Chang(2012) |
対面式のピアレビュー、同時性を持つピアレビュー、非同時性のピアレビューを比較して、タスク上のエピソードにおける流暢さや提供されるフィードバックのタイプを調査した。 |
Li and
Zhu(2013) |
Wikiを使用している中国のEFL学習者の中での小さなグループワークにおける明白な協同の異なるパターンを分析した。 |
|
B |
Lam(2000) |
中国の移民の10代の若者によって作られた、日本人のポップシンガーに関する英語のウェブサイトを分析した研究。 |
Yi(2010) |
オンライン・オフラインにおけるクラス外での環境での、韓国の生徒のプラクティスを分析した研究。 |
|
Black(2005,
2009) |
ファンフィクションサイトにおいて、L2(英語)ライターはどのように自己を識別しているのかや、ライターたちが自分が執筆した物語の中でどのように多言語のプラクティスを算出しているのかを決定するために、ファンフィクションサイトにおけるL2ライターの経験を分析した。 ファンフィクション: 既存の作品のキャラクターや設定が登場する物語において、それが「その作品の原作者ではなくファンによって書かれたフィクション」であることを説明するのに用いられる大まかな用語 |
|
Mak
and Coniam(2008) |
香港の中等教育学校のライティングプログラムにおける生徒のWikiの使用に関する研究。生徒によって産出されたテキストを分析し、様々なグループメンバーによる貢献を通してこれらのテキストがどのように展開してきたのかを調査した。 |
・CMCの環境下においてL2ライターが産出したテキストの分析を組み込んだ研究や、それぞれのアフォーダンスがどのように偶発的な産出や学習の潜在能力を形成するのかに焦点を当てた研究はまだ少なく、これらの研究分野は将来性がある。
<Discussion
Point>
Eye
track(視線計測)やKeystroke Logging(キーロガー)を研究に用いる際、この文献で述べられていること以外で気を付けなければならないことは何か。