筑波大学 人文社会科学研究科                                                現代語・現代文化専攻                                           平井 明代研究室



2018年度  異文化言語教育評価論


Saito, K., Suzuki, S., Oyama, T., & Akiyama Y. (in press, 2020). How does longitudinal iteraction promote second language speech learning? Role of learner experience and proficiency levels. Second Language Research.

 

背景

n  第二言語 (L2) のスピーキング能力の向上には,さまざまなフィードバックが得られるという理由から,目標言語のネイティブスピーカー (NS) とのやり取りが有益であると考えられている。

n  L2スピーキング能力の構成要素として,発音,語彙,流暢さ,文法があげられるが,それぞれの要素がスピーキング能力全体にどの程度影響を与えるかは,学習者のレベルによって異なることが明らかになっている。

n  また,L2スピーキング能力が向上する際には,初級者から中級者の段階では語彙,文法,流暢さに関わる能力が向上し,中級者から上級者の段階では発音の能力が向上するとされる。

n  しかし,研究を目的として第二言語のやりとりを長期的に記録し続けることは非常に難しいことである。

n  第二言語のやりとりに関する長期的にわたる研究では,やり取りの量と質を調査する方法としてインタビューが用いられるが,実験協力者の記憶は客観的なものではないため,誤差を多く含んでいる可能性がある。

n  そこで本研究では,記録の難しさを解決する手段としてComputer Assisted Language Learning (CALL) を応用する。

n  CALLを導入することで,実験参加者のやり取りを録画することができ,録画データを用いた詳細な分析が可能になる。

 

本研究の目的

n  NSとのやり取りを長期間にわたり行った初級者と上級者のL2スピーキング能力がどのように変化したかを明らかにすること。

 

研究課題

n  NSとのやり取りの質 (フィードバックの数や種類) は,L2学習者の熟達度によって変わるか?

n  長期にわたるNSとのやり取りがL2学習者の語彙,文法,流暢さ,発音に与える影響は学習者の熟達度によって異なるか?

 

方法

n  10週間にわたり,特定の絵に関する30分間のNSとの会話を週1回おこなった。

n  事前テストと事後テストに写真描写タスクをおこなった。

 

 

参加者

n  30人の日本人大学生と20人のアメリカ人大学生が参加した。

n  日本人大学生はTOEICのスコアで,熟達度上位群 (over 700),熟達度下位群 (over 650),統制群 (over 400)3つのグループに分けられた (各グループn=10)

 

分析

n  やり取りの質については,学習者の誤りをTriggertriggerに対するNSの反応をFeedbackFeedback後に学習者が誤りを訂正したものをUptakeと定義し,コード付をおこなった。

n  言語的特徴については,以下の観点からコード付を行った。

Ø  語彙的適切さ (Rimokon -> remote control などの誤り)

Ø  語彙の豊富さ (MTLD)

Ø  文法的正確さ (総語数に対する形態素的誤りの数)

Ø  文法的複雑さ (AS-unitに対する節の数)

Ø  流暢さ (シラブル数に対するポーズの数,話している時間に対するシラブル数)

Ø  発音 (分節音,強勢の誤りの数)

n  3元配置 (4元配置) 分散分析,多重比較を使用した。

 

結果

n  RQ1について,NSは文法と発音の誤りに対しては5から15%,語彙の誤りについては15から40%の確率でFeedbackをおこなっていた。

n  熟達度下位群の方が,発音の誤りを多く産出し,それに対するFeedbackも多く受けていた。

n  RQ2については,どの群においても文法的複雑さが向上した。

n  他の群に比べ,熟達度下位群は,複雑さ,正確さ,流暢さが向上した。

n  熟達度上位群は,正確さと流暢さだけでなく,発音も向上した。


 

Suzukida, Y., & Saito, K. (in press, 2020). Which segmental features matter for successful L2 comprehensibility? Revisiting and generalizing the pedagogical value of the Functional Load principle. Language Teaching Research.

 

背景

n  目標言語を用いたコミュニケーションが最終的な目標である外国語教育において,発音,とりわけcomprehensibility (発話の理解しやすさ) は聞き手の理解に大きな影響をもたらすスピーキングの重要な側面の1つである。

n  L2学習者は,自身が持つアクセントが原因でネイティブスピーカー (NS) のと同様な発音を身につけることは非常に難しいとされる。

n  Munro and Derwing (2006) は,全ての分節音を均等に習得させるのではなく,コミュニケーションを阻害しやすい音素とそうでない音素を区別するためにFunctional load principleを提案した。

n  Functional load principleは,コミュニケーションを阻害する可能性が高いミニマルペアの誤りをhigh FL,阻害する可能性が低いミニマルペアの誤りをlow FLと定義し,リスト化している。

n  しかしながら,high lowの誤りが聞き手にとって本当に異なる印象を与えているかを実証した研究はない。

n  また,タスクが発話に与える影響を調査した研究において,複雑さ,正確さ,流暢さに焦点を当てた研究は多いが,発音に焦点を当てた研究は少ない。

 

本研究の目的

n  発話の理解しやすさとMunro and Derwing (2006)における high FLlow FLの誤りの数にはどのような関係があるかを調査すること。

n  発話の理解しやすさとMunro and Derwing (2006)における high FLlow FLの誤りの数の関係は,タスクによって異なる結果になるかを調査すること。

 

実験1

方法

n  協力者に写真描写タスクにとり組んでもらった。

n  実際にスピーキングを行う時間は30秒間だった。

 

参加者

n  日本人大学生40人が参加した。

n  熟達度はCEFRにおけるB1からC2レベルだった。

 

分析

n  まず,日本人アクセントに詳しい調査者がスピーチを全て聴き,採点対象とする分節音を決めた (Table 1)

 

 

 

n  その後,2人の評価者を追加し,十分な評価者間信頼性を得た。

n  次に,誤りの数/文節音の数を算出した。

n  Comprehensibilityの評価は,9ポイントのリッカートスケールを用いて行った。

n  相関分析を行った。

 

結果

n  Comprehensibilityと有意な相関が認められたのは,全ての誤りの割合 (r=-.557)High FLの誤り割合(r=-.561)High FLに分類される子音の誤りの割合(r=-.560)だった。

 

実験2

方法

n  協力者にIELTSスピーキングタスクにとり組んでもらった。

 

参加者

n  様々な期間の海外移住経験のある (M = 4.6 years) 日本人大学生40人が参加した。

n  熟達度はCEFRにおけるB1からC2レベルだった。

 

分析

n  実験1と同じ

 

結果

n  Comprehensibilityと有意な相関が認められたのは,全ての誤りの割合 (r=-.798)High FLの誤り割合(r=-.685)High FLに分類される子音の誤りの割合(r=-.617)だった。


 

 

総合考察

n  まず,どちらの論文においても,コミュニケーションや会話 (以下,便宜的にコミュニケーションに統一する) が重要な役割を担っているのにもかかわらず,それらがどのように構成されているかというメカニズムについては一切説明や定義がなされておらず,分析対象となっている要素の変化がコミュニケーションを成立するためにどの程度寄与するのかという点には疑問点が残る。

n  一つ目の論文 (Saito, Suzuki, Oyama, & Akiyama, in press, 2020) の特に気になった点として,先行研究に対する会話の質に関する分析の以下の指摘がある。

Ø  Certain studies have attempted to document both the quantity and quality of the interaction that L2 learners actually experienced via interviews and self- reports.

n  このような指摘をしているにもかかわらず,本研究で会話の質 (後に特徴と言い直されているが) として分析に使用された特徴は,非常に限られた側面でしかない。

n  Kasper and Wagner (2014) が指摘する通り,L2学習者がコミュニケーションを通して自身の誤りに気づくことは,他者による指摘だけでないことは自明である。つまり,この研究では,話者自身が自分の誤りに気づき,自分の誤りを訂正し始める行為が全く考慮されていないのである。

n  そもそもスピーキングについては,研究でも様々な定義やその構成概念があるとされるが,目標言語に関する知識が増えて英語熟達度が上がるにつれて,自身の誤りにも気づく可能性は高くなると言えよう。

n  この実験では,TOEIC 700点という比較的高い熟達度の学生が実験群の1つとして設定されていることから,自己訂正を含めた方がより考察を深められると考えられる。

n  二つ目の論文 (Suzukida & Saito, in press, 2020) については,平均4.6年住んでいるにもかかわらず,海外経験のない群と結果が変わらないということは,そもそも日本人が習得しにくいミニマルペアが存在し,それらを習得しなくても海外で生活できるという解釈も考えられるのではないだろうか。

n  さらに,この研究では文節音のみに焦点を当てているが,comprehensibilityの定義が,「どの程度理解することが難しいか?」であるのだとすれば,文法や他の要素と比較して文節音がどの程度comprehensibilityに影響を与えているかという相対的な重要性が不明である。

n  1つ目の研究で発音の誤りに対して指摘することは少ないこと,2つ目の研究において,comprehensibilityと相関が認められたのはhigh FLであることを考えると,ネイティブスピーカーを相手に英語を話す際は,分節音レベルの誤りが理解に与える影響は少ないのではないかと考えられる。この点については,ネイティブ以外の方が発音に対する学習目標や評価での判断が厳しい傾向があるというLevis (2018) の主張を支持している。

n  この2つの研究を合わせることで,発音指導についてより深い示唆を得ることができるだろう。1つ目の実験デザインを用いて,Functional load principlehighlowに分けて分析することができれば,意味中心のやりとりにおいてFunctional load principleの分類がどの程度有益かを明らかにできるだろう。

 

Kasper, G. & Wagner, J. (2014). Conversation analysis in applied linguistics. Annual Review of Applied Linguistics, 34, p171–212.

Levis, J, M. (2018). Intelligibility, Oral Communication, and the Teaching of Pronunciation. Cambridge University Press: Cambridge.