筑波大学 人文社会科学研究科                                                現代語・現代文化専攻                                           平井 明代研究室



2018年度  異文化言語教育評価論


Introduction

■本章では,聞き手が聞こえたことを理解するために何をするのかをより理解するためにリスニングスキルに関する知見を議論する。これは効率的に聞くことを聞き手に教えるために必要不可欠である。

■リスニング研究は以下の3つの要素に焦点を当てている:@リスニングに伴う認知処理,Aリスニングの際に使用される知識源,Binteractive listeningの特徴。

 

Cognitive Processes in Listening

■本節では,L2のリスニング理解の処理中に利用される認知処理について議論する。リスニングには以下の4つの認知処理が関わっている:(1) トップダウンとボトムアップ処理,(2) 制御されたもしくは自動化された処理,(3) 知覚,解析,利用,(4) メタ認知 (Figure 2.1参照)

 

 

Top-Down and Bottom-Up Processing

■理解プロセスを理解するためにトップダウン処理とボトムアップ処理の区別を行うことが必須である。

・ボトムアップ処理…メッセージを理解するために音のまとまりを意味のある単位に分割する。聞き手は目標言語に対する分節音 (個々の音や音素),超分節音 (ストレス,トーン,リズムなどのイントネーションのパターン) といった知識をもとに分割を行う。聞き手は音素→語→より大きい意味の単位 (e.g., 文全体や談話の大きいチャンク) と徐々に意味を構築していく。

・トップダウン処理…メッセージを理解するために文脈や先行知識を適用する。聞き手は様々な種類の知識を使用する (e.g., 先行知識,語用論的知識,文化的知識,テキストタイプなどの談話知識)。この知識源は聞き手の長期記憶にスキーマの形で貯蔵されている。

■この2つのプロセスは独立して使用されることはほとんどなく,相互が両立して聞いたものの心的表象を構築する。

■また,目的によってプロセスを使い分ける必要があり,L2学習者は目的や自身の特徴 (e.g., 熟達度,ワーキングメモリ容量,年齢),リスニングをする文脈に応じた使い分けを学習する必要がある。

 

Controlled and Automatic Processing

■リスニングが流暢であれば,トップダウン処理とボトムアップ処理を行ったり来たりしながら素早く認知処理が起こる。母語話者の処理は自動化されているが,L2学習者の処理は聞いたもの全てを自動的に処理することができない。自動化できなかった処理はcontrolled processingに割り当てられる。

controlled processingには,発話内の要素への意識的な注意と処理が伴う。リスニングのような認知処理は練習することで自動化することができる (Johnson, 1996)

■処理に意識的な注意が必要になると,ワーキングメモリに限りがあり,インプットは止まらないため,理解が阻害される。よって,controlled processingは効率的ではない。

■上記で述べられているように,記憶は理解プロセスで重要な役割を果たす。記憶は長期記憶とワーキングメモリの2つの要素に分けられる。

・長期記憶…理解しようとしていることを解釈する際に聞き手がアクセスする情報の貯蔵庫。先行知識や経験がスキーマとして貯蔵されている。関連するトピックを聞くと,適切なスキーマが活性化する。

・ワーキングメモリ…認知処理の効率性に影響を与える。ワーキングメモリは容量が限られているため,前の情報は消え,新しい情報の処理を行う (Call, 1985)。この容量は学習者の熟達度にもよる。

■ワーキングメモリの認知活動は高次の活動を司る実行機能によって監督・制御されている (Baddeley, 2003)。情報が聞き手に馴染みがあればあるほど,長期記憶から以前に獲得した言語知識や先行知識がより素早く供給され,情報が処理される (e.g., vs. 電話番号)

■ワーキングメモリと長期記憶の繋がりが聴解の成功に重要な役割を果たす。聞き手がより自動的に情報をすればするほど,ワーキングメモリの限られた注意資源を新情報の処理に割り当てることができる。

■よって,ワーキングメモリの容量を増やすことで内容について考えることができる。これはcritical listeningにおいてとても重要なことである。

 

Perception, Parsing, and Utilization

Anderson (1995) は聴解を3つの段階に分けた:知覚,解析,利用。

■知覚の段階では,音素,ポーズ,強勢を認識するためにボトムアップ処理を使用し,これらを記憶内に保持する。

■解析の段階では,聞き手は,記憶内の音韻表象の構文解析を行い,語の候補を活性化し始める。

■この段階では,聞いたことをすぐ忘れる,聞いたことの心的表象を構築できない,前のことを聞き取れなかったために,次のことを理解できないといった聞き手の困難が見られる (Goh, 2000)

■利用の段階では,意図もしくは暗示されたメッセージを解釈するため,意味のかたまりを長期記憶内の知識源と関連付ける。これはトップダウン処理に関わっている。

■この段階では,単語はわかるが,メッセージがわからない,メッセージ内の不一致により困惑してしまうといった聞き手の困難が見られる (Goh, 2000)

■これらの処理は独立して機能しているわけでもなく,順番通りに機能しているわけでもない。

 

Metacognition

■メタ認知とは,理解に関わる認知処理に関する聞き手の気付きやこれらの処理を監督・統制・指示を行う能力である (Goh, 2008)

■メタ認知のコントロールには聴解を効率的に行うためのプランニング,モニタリング,問題解決などの認知処理の使用が関わっている。

■理解の認知処理中にリスニングに関するメタ認知的知識を応用できる読み手はこれらの処理を統制し,関連する知識源を効率的に利用することができる (Vandergrift, Goh, Mareschal, & Tafaghodtari, 2006)

 

Knowledge Sources in Listening

■聞き手が認知処理を行う際,以下のような様々な知識源を利用している:言語知識,語用論的知識,先行知識,談話知識。

■この貯蔵庫から取り出された情報は認知処理の質と方向性に影響を与える (認知処理との関わりはFigure 2.2を参照)

 

Linguistic Knowledge

■言語知識はリスニングにおいてとても重要である。語彙知識は聴解の成功を強く予測する。

■語彙知識に加え,言語知識には音韻的知識,統語的知識を含む。これらの知識は音の流れを意味の単位に解析し,語に意味を付与する助けをする。

■また,言語知識には自身の知識をリアルタイム (rapid speechなど) でどのように使うかを知っていることも意味する。

 

 

Pragmatic Knowledge

■聞き手は字義通りの意味以上の情報に適用する際,話し手の意図するメッセージを解釈するために,語用論的知識も利用する。これは利用の段階で使用される (e.g., 皮肉の解釈)

■語用論的知識はしばしば文化的に制限されているため,社会文化的もしくは社会言語的知識 (e.g., イディオム,スラング) と密接に関連している (Buck, 2001)

 

Prior Knowledge

■聴解は問題解決型活動に匹敵する。聞き手は聞こえたもの (言語的インプット) と世界で物事がどのように作用するかについて知っていること (先行知識) をマッチさせる。

■知識源はリスニング処理の利用の段階で重要な役割を果たす (e.g., アパートを借りる電話)

■よって,聞き手にリスニングテキストやイベントの文脈を与えることが重要である。そうすることにより,聞き手は関連する先行知識を活性化し言語的インプットを解析するための枠組みを発展させる。

■しかし,聞いたことと聞き手の先行知識が食い違うと理解を阻害する可能性もある (Macaro et al., 2005)

 

Discourse Knowledge

■談話知識はテキスト構成のレベルにおける理解を伴う。情報の種類への気付きやその情報がどのように構成されるかということは聞き手の情報処理能力を促進する (e.g., レストランの広告)

■テキストの性質に関しては,談話知識には,談話標識に関する知識を含む。談話標識により,次に何が聞こえてくるか聞き手は予測することができる。

■以上のように,様々な知識を利用し,聞き手は聴解を行っている。L1から転移してくるものもあれば,そうでないものも存在する。

■言語経験を通して,知識を得ることができれば,聞き手は情報をより効率的に処理することができる。

 

Interactive Listening

■多くの教室では,聞き手が参加しない,一方向のリスニングが使用されている。この活動では,情報を得ることが目的であり,確認するための介入の機会がない。

■しかし,多くのL2学習者の目的はinteractive listeningの能力である。それは会話などの社会的状況で話者と交流する能力である。

 

Similarities and Differences Between One-Way and Interactive Listening

One-wayでもInteractiveでも関わる認知処理は似ている。しかし,異なる点もある。

interactive listeningでは,話し手と聞き手両者がコミュニケーションの目的,リスニングの文脈,経験を共有している。

interactive listenerは話し手にも聞き手にもなりうる。ゆっくり話すよう依頼することにより,リスニングの認知負荷を下げることができる。

■一方,認知負荷を上げてしまう可能性もある。

・聞いている最中に返答を考えなければならない。

・聞き手と話し手の関係性によって,社会的もしくは情意的負荷がかかってしまう。

 

 

Contextual Nature of Interactive Listening

■文脈はone-way listeningよりもinteractive listeningで重要な役割を果たす。

■まず,聞き手は文脈によって,次にくる情報や質問などを明確に言われなくても予測することができる。

■会話が進んでいくにつれて,自身の解釈をモニターすることができる。

■また,文脈によって,word candidatesが素早く活性化され,解析を効率的に行うことができる。

■自身の解釈や理解をモニターし,わからないところなどがあれば,相手に依頼することができる。

 

Strategies for Interactive Listening

■教室内で見られるinteractive listeningのストラテジーには以下の2つのタイプが見られる (Lynch, 1995)

@responses characterized by a backward orientation…理解を明確化するための前の情報に関する質問

Aresponses characterized by a forward orientation…会話を前に進めたり,対話者により精緻化するよう求めたりする新情報に関する質問

L2学習者に見られるinteractive listeningのストラテジーはTable 2.2にまとめてある。

 

 

Strategies with a Backward Orientation

■聞き手は自身がわからなかったところを検証したり,確かめたりする (e.g., Pardon?,)

■その後,意味交渉を行う。対話者は聞き手が理解可能になるまで言語的インプットの調整を行う。これが言語習得に繋がる (Lightbown & Spada, 2006; Pica, 1994)

 

Strategies with a Forward Orientation

■話を前に進めるために対話者はよくうなずいたり,相槌をうったりする。これをいつ,どのように行うかは文化的背景によって異なる。

■前向き推論 (forward inference) は有用な高レベルの相槌である。この場合,聞き手は前に述べられた情報に基づいた要約を含めた質問を行うことで現在の理解を示す。

■また,理解しているフリをするストラテジーもあるが,これは全く役にたたないものである。しかし,Foster and Ohta (2005) では,面目を保つために,あまり理解できていなくても,タスクを続行するケースが見られた。

 

Social Demands of Interactive Listening

■聞き手が理解できないとき,それをどう対処するかは様々な情意的な要因 (e.g., リスク,動機づけ) に左右される。さらに,その程度は対話者同士の関係性 (e.g., 性差,年齢差,身分差) にも左右される。これがinteractive listeningの認知負荷を上げてしまう。

■対話者に反応しなければならないことも負荷を上げる原因となる。聞き手は,対話者の発話を理解し,理解の確認をし,その返しを考えなければならない。

 

Summary

■リスニングは複雑な認知処理が関わっている。聞き手は聞こえたテキストと長期記憶内の知識 (e.g., 先行知識) をリンクさせながら,意味を構築している。

■トップダウン処理とボトムアップ処理が理解の3つの段階において重要な役割を果たしている。

■さらに,one-way listeninginteractive listeningの違いについて議論した。

 

Discussion Question

1. How might learner characteristics such as language proficiency, L1 listening, and cultural background constrain the type of language processing used by listeners?

【言語熟達度】

ワーキングメモリには容量がある。単語や構文解析などが自動化されていない場合,それらの処理に認知資源を割かなければいけないため,理解や自分の背景知識を使った推論に認知資源を割くことができず,テキスト理解を十分にすることができなくなってしまう。

L1聴解】

音韻構造に関しては,母語からL2に転移しやすいと言われている。母語とL2間の音韻構造に距離がある場合,音をうまく認識することができず,ボトムアップ処理を上手くすることができない。背景知識を使うトップダウン処理のみでは,理解が正確にすることができないため,ボトムアップ処理とトップダウン処理を補いながら使用する必要がある。

【文化的背景】

 聞き手は,テキストと長期記憶内の背景知識を統合させながら,意味を構築している。テキスト情報と自分の持っている先行知識の1つである文化的知識が異なる場合,文化的知識がテキスト理解処理を阻害する。

 

2. Buck (2001) suggests that listening is a very individual and personal process where there are often differences between listener interpretations of a text. Explain how this might be possible.

■一番大きな点としては,学習者ごとに持っている知識限が異なるからである。学習者の熟達度ごとに持っている言語的知識やワーキングメモリの容量は異なる。母語が異なれば,その母語とL2間の距離によって学習者間でPhonological Knowledgeの量や処理は異なってくる。さらに,学習者一人ひとり経験が異なるため,持っている先行知識も異なる。よって,リスニングはとてもindividualpersonalな処理であると考えられている。

 

3. Looking back at the diary excerpts in the opening scenario of this chapter, what are the knowledge sources these students have identified?

(Adbul) 人と話しているときは相手の話していることを理解できるが,テレビやラジオを聞いているときは,何を話しているか理解することができない。

prior knowledge, pragmatic knowledge

(Zhifei) @母語でもともと知っていることをL2で聞くと簡単に理解することができる。

prior knowledge

A相手の話していることの構造がわからないと理解できないことがある。

discourse knowledge

(Wang Li) 言語において文化が大切である。すべての文が聞けても,本当の意味を理解することができないときもある。

cultural knowledge, pragmatic knowledge

 

4. Think back to the difficulties your experienced in listening to a new language. What was most difficult for you? Relate this to the listening processes described in this chapter. Based on your new awareness of the processes underlying listening comprehension, what might you do differently? Why?

 過去の自分を考えてみると,単語を読む場合は理解できるが,音を一緒に覚えていないため,リスニングで聞いても理解できないことが多かった。また,同様に,音の繋がりなどで全く聞くことができないことも多かった。これはPhonological knowledgeを持っていなかったために,「知覚」の段階で処理しきれていなかったと考えられる。

 まず,英語の音の特徴を覚えるところから始める。また,単語を文字列だけでなく,音と一緒に学習する。聞こえたことを英語として理解できるようになるからである。音と意味のマッピングをする。

 

5. Why is interactive listening a fertile environment for language acquisition? What are the ideal conditions of the task or context that can potentially foster language acquisition?

 Interactive listening1つの特徴は,相手が話してわからないことを聞き返すことができる点である。これは「意味交渉」であり,対話者は聞き手が意味を理解できるまで自身の発話を調整することで,聞き手にとって理解可能なインプットとなり,聞き手の言語習得へ繋がる。

 Interactive listeningは聞き手と対話者との関係やよかったり,よく知っている間柄であれば,以上の点でとても有効的に働き,言語習得が進む。