筑波大学 人文社会科学研究科                                                現代語・現代文化専攻                                           平井 明代研究室



2017年度  異文化言語教育評価論

5. どのようなデータ収集法があるのか

5.1 観察におけるフィールド・ノーツ

■観察によるデータ収集では、音声や動画記録とフィールド・ノーツを併用することが一般的である。

■フィールド・ノーツで気になった箇所の音声や「動画記録を取り出し、データ起こしをすることで焦点化された分析が可能になる。

■フィールド・ノーツを記録するときには観察した事実と菅作者の視点を区別して記述することである。

■背景や一般的な事柄を記録し、その後細部へと進めていく。

■具体的な記録の項目: データ収集する日時と場所、観察対象者、観察者自身の行動、活動や出来事、会話など

 

5.2 質問紙

(1) 調べたいテーマに関する先行研究を探す

■調べたいテーマについての先行研究の中で使われている質問項目を調べる。

(2) 質問項目を考え、質問紙を作成する

■質問項目の量、項目の配列、言葉の選択や表現 (開かれた質問) などに注意する。

(3) 知り合いに質問紙を見てもらい、形式や質問項目の修正を行う

■形式でわかりにくいところがないか、項目の意図が明確であったかなどを確認する。

(4) 質問紙調査を実施する

 

5.3 インタビュー

■インタビューではある程度事前に質問項目を設定し、話の流れに応じて柔軟に順序を変えたり質問を追加したりする半構造化インタビューが最も多く行われる。

■非構造化インタビューは豊かなデータが得られるものの、面接官の技量が必要。

■半構造化インタビューの具体的手順

(1)   インタビューガイドを作成する

(2)   インタビューの趣旨の説明をする

(3)   インタビューを実施する

 

6. どのようなデータ分析方があるのか

6.1 会話分析

■会話分析の目的は参加者の「会話の技術」を分析することで、社会における相互作用の言語的特徴を明らかにすること。

■会話分析は自然に起きているデータに着目するため、研究参加者と研究者が共同で生成するデータではなく、観察・記録したものを使う。

■会話分析では、ビデオでの録画が推奨されている。

■話者同士がどのように理解しているかの特徴を明らかにしているため、間の取り方や長さ、発話の重なり、言い淀みや相づちなども表記する。

Gail Jeffersonの記号を使って書き起こしすることが推奨されている。

■どのように発話のタイミングや順番取りが行われているか、どのようなタイプの会話の連鎖が見られるか、どのような語彙選択をしているかが着目される。

 

6.2 談話分析

■談話とは、会話とテキストの両方を指し、事例研究や絵スノグラアフィーでよく用いられる。

■英語教育では、話し言葉によるやりとり、書き言葉のテキストにおいて、どのように人々が意味を作り上げていくかを分析していく。

■談話分析では、教室の文脈や個人を取り巻く社会文化的文脈でその談話がどう位置付けられるかということが考慮される。

■英語教育では批判的談話分析も行われる。批判的談話分析では談話が権力とイデオロギーの関係によってどのように批判的に構築され、同時に社会的アイデンティティ、社会的関係、知識・信念体系を構築するためにどのように用いられているか、という視点で分析する。

 

6.3 テーマ分析 (質的内容分析)

■テキストの中から意味 (テーマ) を見出すことが目的。

(1)   ステップ1: データを読み込み、気づいたこと、印象、問いをメモする

(2)   ステップ2: 作成したメモを要約して、暫定的なカテゴリーを生成する

(3)   ステップ3: カテゴリーに対応する箇所をデータから探す

(4)   ステップ4: カテゴリー間の関係を検討し、より大きなテーマを見出す

■アプローチと切り離せること、参加者が複数の場合、比較しやすいこと、記述的な分析が行えることなどから、広く用いられている。

 

7. どのように分析と解釈を行うのか

7.1 質的データの分析と解釈のプロセスは重なりあう

■サンデロウスキー (2013): 質的研究のデータ収集、準備、分析、解釈のプロセスではデータ収集の第一段階が終了した時点から分析は始まっている。

■例) インタビュー・データの書き起こし

・音声を何度も聞く

 →データの中に浸り、データ全体から得られる「感じ」(felt sense) を得る: 「感受概念」

■研究者の主観や内省が大きな役割を担う質的研究では、データ収集から解釈までのプロセスが重なり合っている→分析と解釈を明確に分けることができない

■データの収集段階から分析までのプロセスにおいてデータは何度も形を変えている。

■データの準備と分析のプロセス=解釈可能な形に () 表現して、() 構成する作業

■質的研究における分析は知を生み出していく手段であり、解釈はデータから生み出された知であると同時に、分析の最終結果とも言える。

■能智 (2011) は質的データの分析を「ほどく」、「むすぶ」、「まとめる」という3相に分け、分析はその3相を何度も繰り返していく円環的な過程であるとしている。

■「ほどく」: 混沌とした全体データの細部に注目しながら意味をときほぐしていく作業

■「むすぶ」: 注目して読んだ細部の関係を比較しその関係を考察していく作業

■「まとめる」: 比較した結果を整理・統合してモデル構成や仮設生成を行う作業

 

7.2 コーディングとカテゴリー化を行う

データを繰り返し読み、コーディングし、カテゴリー化してテーマを抽出し、抽象化して現象を説明する

(1)  データをテキスト化する

■インタビューなどの音声データは、データ全体を書き起こして逐語録を作成する。

■時間はかかるが何度も音声を聞くことでデータに浸り、新たな気づきも生まれる。

(2)  データを何度も読んで感受概念を得る

(3)  データを意味の固まりごとに分ける

(4)  データにコードを付す

(5)  コードを集めてカテゴリー化する

(6)  カテゴリー間の関係を図式化したり一覧表にしたりする

 

7.3 コーディングの信頼性を高める

■「演繹的コーディング」: 理論的枠組みから事前に設定したコードをデータに当てはめる。

・複数のコーディング作業者間での評価者間信頼性を高めることが一般的。

■「帰納的コーディング」: テキストから探索的に意味を見出す

・必ずしも評価者間信頼性を高めることは求められない (多様な視点が許容される)

■コーディングを1人の研究者だけで行うことはよくあるので、評価者内信頼性を担保することも重要。

 

7.4 データの妥当性を高める

■データの妥当性を高めるために行われるトライアンギュレーション

(1)   データのトライアンギュレーション

(2)   研究者のトライアンギュレーション

(3)   理論のトライアンギュレーション

(4)   方法のトライアンギュレーション

■トライアンギュレーションの使用については研究者間で見解が分かれている。

 

8. どのように考察を行うのか

8.1 データ収集の段階から考察を始める

■質的研究では、データ収集段階で気づいたこと、分析段階に考えたことなどのメモも考察の材料になる。

■データ収集、分析と解釈、執筆は、両者を行ったり来たりすることで考察が深まる。

■研究参加者によって確認を行うことで、データの解釈の妥当性を確認する方法もある。

■研究に直接関わっていない人と話し合うことで、解釈し直したりする方法もある。

 

8.2 厚い記述を心がける

■表面的な参加者の行動や現象だけではなく、行為や現象の意味をここの文脈に即して詳しく記述する。

■分析結果では、個別の事例や事例に見られたテーマについて述べる。

■考察では個別の事例やテーマをより広い文脈に位置付け、一般的な内容について述べる。

■厚い記述によって、転用可能性について考えることができる。

■厚い記述を行うための4つのポイント

(1)   できるだけ早めに分析を開始する

(2)   比較検討を心がける

(3)   「メモ魔」になる

(4)   文脈に目配りをする

 

9. 質的研究を進める上での留意点

9.1 質的研究の手順は研究によって全て異なる

■どのような質的研究法を用いたとしても、読者が研究のプロセスを辿れるように、具体的な手順を発表や論文で説明する必要がある。

Freeman (2009) は、質的研究雨は循環的で、研究サイクルと研究プロセス問いう2つの用語で説明している。

■検証課題の設定、データ収集、データ分せき、分析結果の解釈と考察、の各段階を順番に進む。

■実際は行ったり来たりしながら進んでいくものである。

 

9.2 主観性を認識し、研究に積極的に生かす

■量的研究では主観性を排除しようとするが、質的研究では主観性は重要な役割を持つ。

■先行研究で示された理論などを参考に、ある程度視点を決め、丁寧に分析することで、恣意的にデータを分析したりするのではなく、学術研究とみなすに足る分析となる。

■データ収集、分析、解釈の段階で。研究者自身の行為や観察に関する振り返り、印象、感情なども書き留めることで、正当なデータとして解釈の一部に取り入れることができる。

■研究者自身が、研究のプロセス全体で自身の主観に自覚的であることをリフレキシビティという。

 

9.3 倫理的配慮の重要性を認識する

■質的研究では、参加者に関わる多くの文脈情報が得られ、それに基づいて分析、考察を行なうため、参加者が特定されやすいという問題点がある。

■ティンダール (2008) は倫理的配慮として「インフォームド・コンセント」、「研究参加者の保護」、「守秘義務と匿名性」の3つを挙げている。

■「インフォームド・コンセント」

・研究の目的、研究計画、研究期間、研究者の立場と関与のあり方などを参加者に開示し、同意を得る。

・参加者は最初に同意を得たとしても、途中で参加を止める権利があることも伝える。

・研究承諾書の作成

■「研究参加者の保護」

・研究者と参加者の力関係をできるだけ均等にし、研究のプロセスを民主的にすること。

・研究者側が自己開示をした場合にも、参加者側には自己開示を強要しない。

・参加者によって提供されたデータは全て参加者の所有物であり、削除したい箇所はいつでも削除を申し出る権利があることも伝える。

■「守秘義務と匿名性」

・参加者から得た情報は事前に了承を得た場合を除いて、守秘義務があり、口頭発表や学術論文において特定されないように匿名性を確保する。