概要

この論文は、Ting-Toomey(1999)が提唱する外国語指導の分野へのアイデンティティ・ネゴシエーション理論(Identity Negotiation TheoryINT)の適応可能性に関係しており、特に、海外留学プログラムの学生の留学前トレーニングにおける準備に関連性を持つ。

・この研究は第1にポーランドの学生がINTで規定されている基準に従ってマインドフルな異文化間コミュニケーションを行っているかどうかについて調査し、第2に異国の文化での彼らの滞在の間に彼らが感じた最大のニーズを特定することを目指し、第3に問題に出くわした時の解決策に到達することを試みる。

 

1.導入

Ting-Toomey(1999)が提唱したように、社会心理学、コミュニケーション研究、シンボリック相互作用論、リレーショナル弁証法、INTの要素を織りなすことはサクセスフルな異文化間コミュニケーションの議論の出発点を与えてくれる。

・文化と自己概念の関係を示すことによってアイデンティティ・ネゴシエーションの観点は個人の行動における、認知的ドメインと感情的ドメインの2つに対する影響を説明する。

 

2INTの理論的な支持

2.1 アイデンティティの概念

INTによると私たちはコミュニカティブな状況の時に自己イメージを持っており、特にそれは異文化間コミュニケーションの時に特徴的である。

・人間のアイデンティティは他者との出会いによって形作られ、その出会いは文化的規則によって統治される。

・アイデンティティの安全性の感覚は類似した他者、すなわち我々に文化的習慣が知られている者とのコミュニケーションで生ずる。

・一方で個々の習慣や規範は類似していない他者との出会いで疑問を投げかけられ、それはアイデンティティの損傷の感覚を作り出す。

 

2.2 マインドフルネスとマインドレスネス

・サクセスフルな異文化間コミュニケーションに持っていけるような能力を持って生まれる人は極めて少ないから、我々の議論への関心はマインドフルなアイデンティティ・ネゴシエーションにある。

マインドフルネスは、古い基準の枠組みを変えたり、他の文化を探索するスキーマを超えたり、彼らの解釈における新しいカテゴリーを使用するための個人の準備として理解されている。

・ルーチン化されたカテゴリー、習慣的な思考、慣れ親しみに対する重度な依存を意味するマインドレスネスとは異なり、マインドフルネスは積極的である。

・マインドフルなコミュニケーターであることは、文化的な類似点や相違点の存在を受け入れ、新しいアイデンティティを構築し、新しい立場から未知の行動を分析する準備ができていることである。

 

2.3 INTの核となる試み

・人々のグループと個人のアイデンティティは他者との象徴的な相互作用を通して形成される。

・すべての人はアイデンティティの安全性、まとまり、信頼、つながり、安定性の必要を感じる。これはグループのアイデンティティだけでなく個人のアイデンティティのレベルも考える。

・文化的に似た環境はアイデンティティの安全性を保証する一方、文化的に似ていない環境はアイデンティティの損傷を導く。

・似ている人々とのコミュニケーションにおいて、個人はアイデンティティの信頼を感じる一方、類似していない他者とのコミュニケーションはアイデンティティの疑いを感じる。

・望んだグループのメンバーのアイデンティティが積極的に是認されるとき個人はその中に含まれると感じる一方、望んだグループのメンバーのアイデンティティが非難される場合、差別を経験する。

・緊密な対人関係に対する自然な要望がある。 関係の分離の場合には、アイデンティティの自律性が経験される。

・予測可能な文化的状況はアイデンティティの安定を導き、予測不可能な文化的状況はアイデンティティの変化や混沌を導く。

・アイデンティティに関連する要因の解釈や評価の意味は文化的な、状況的な、個人の流動性に影響を受ける。

・サクセスフルなアイデンティティ・ネゴシエーションは、理解、尊重、支持の感情という結果を出す。

・必要な異文化間の知識を統合するとき、モチベーションや技能がマインドフルな異文化間コミュニケーションに重要である。

 

2.4 INTの基準と構成要素

Spitzberg and Cupach(1984)の対人コミュニケーション理論に基づいて、マインドフルな異文化間コミュニケーションの基準は「有効性」と「適応性」から成るが、Ting-Toomey(1999)は第3の「満足性」を加えた。

・「有効性」は手段あるいは結果がコミュニケーターによって達成される範囲について言及する。

・「適応性」はコミュニカティブな状況での当事者が、行動を適切であると見なす、また、文化的期待に合致していると見なす度合いのことである。

Spitzberg and Cupach(1984)はまた、コミュニケーション能力の構成要素を、「知識」「モチベーション」「技能」と認識している。

・「知識」は効果的で、適切なコミュニケーションのために必要な文化的に敏感なことの認識を理解することであり、経験や観察といった意識的な学習を通して得られるもである。

・「モチベーション」とは自分とは異なった人たちについて学んだり、彼らと相互作用を行うといった個人の意欲のことである。

・「技能」は効果的な、そして適切な異文化間コミュニケーションの達成における知識やモチベーション両方を統合する能力と認識される。

 

2.5 INTの成果

・マインドフルな異文化間コミュニケーションの第1の結果、「理解されているという感情」は、成功の説得力のあるものであり、それは、正しいと証明されている考えや他の感情的なものの存在を意味している。

・第2の結果、「尊敬されているという感情」は他者のアイデンティティへの親切さ、デリカシー、よく考えることに関係しており、他の個人のアイデンティティを尊重することは、侮辱を避けるための心を通じた言語使用と非言語使用の相互作用であることを意味する。

・第3の結果、「支持されているという感情」はポジティブな自己理解を加え、彼らのアイデンティティである個々の感情が価値のある物として扱われたとき(特に異なるアイデンティティをもつ人にそのように扱われたとき)彼らは自己のイメージをよりポジティブに見なす傾向にある。

 

3. 研究

3.1 研究の目的

現在の筆者の主張は海外留学プログラムの関係においてアイデンティティ・ネゴシエーションの概念が調査される必要があるというものである。

・特にポーランドの学生がマインドフルな異文化間コミュニケーションだけでなく、留学中に遭遇する主な問題にも従事しているかどうかが重要視される。

・それらを示した後、筆者は留学前の異文化間トレーニングの改善に関するいくつかの予備的なアイデアをアイデンティティ・ネゴシエーションの観点から提供する。

・潜在的な問題のある領域は3つのドメイン、行動的ドメイン、認識的ドメイン、効果的ドメインに分けられ、これらはTing-Toomey(1999)が言うマインドフルな異文化間コミュニケーションの構成要素である、知識、モチベーション、技能とほぼ一致する。

 

3.2 参加者

・調査は前回のエラスムスの交換留学の参加者の間で行われた。

調査はアンケートウェブサイト(http://www.ankietka.pl)に公開され、前回のエラスムスの学生がそれに記入し、96人の内33人が回答を与えてくれた。

 

3.3 手法

データ収集のために用いた手法は19項目からなるアンケートである (その内15項目がリッカート尺度で4項目が自由回答質問)

・リッカート尺度におけるそれぞれの提示は調査上の3つの主な問題(行動的ドメイン・認識的ドメイン・効果的ドメイン)の1つに関係し、自由回答質問は海外での滞在に関連する潜在的な困難やそれに対する解決策についての情報の収集を目的としている。

・アンケートの質問は以下の通り

1.私はしばしば外国の文化的な現象に気がつく。(言葉、ジェスチャー、行動など)

2.私はそれらに注意深く評価できた。

3.私は母国の文化に言及せずに外国の文化の現象を評価できた。

4.私は文化的誤解を解くことができた。

5.外国語を知っていることは自身の助けになる。

6.私は外国のボディランゲージを文化的に学んだ。

7.私は外国の習慣や伝統を文化的に学んだ。

8.私は自分自身の文化をよりよく理解した。

9.私はカルチャーショックの準備をしてきた。

10. 私は外国の文化に理解されていると感じる。

11. 私は外国の文化に尊重されていると感じる。

12. 私は外国の文化に支持されていると感じる。

13. 私は外国で新しい人々に会いたい。

14. 私は外国の検証に対してより開放的である。

15. 私は出発前に外国の文化についての情報を活発的に探した。

16. 留学中で最も困難だったのは何か。

17. あなたの文化との違いに気づかされたと思うか。どのように違うか。

18. 留学目訓練のどの種類が、実際の留学中に役に立ったと思うか。

19. あなたの留学の利益は何か。

(14:行動的ドメインについて、59:認識的ドメインについて、1014:効果的ドメインについて、1519:海外での滞在について)

 

3.4 結果

この研究では量的分析と質的分析の両方を行い、最初の15個の文は標準偏差に沿った回答者の数を明らかにするため、統計的分析を、残りの4つの質問はキーワードを探して分析された。

・量的分析の結果は、回答者間での有意な一致が明らかになった。彼らの回答のほとんどが、同じ回答をした中でぐらついていたことがわかる。

・ほとんどの質問に対して全くそう思わないを回答した生徒はほとんどいなかった。このことは参加者全体が、留学を経験することで変わりたいと思っていたことを示している。

・質的分析は質問1619に関係しており、多くの被験者(46)が言語の壁を指摘した。

・自国の文化との違いに気づいた時、52%の人が疎外を感じたことを認めた。

・留学前訓練で扱われた内容の質問では、ほとんどの学生(76)がエラスムスのプログラムに行く前の言語コースへの参加の必要性を述べた。

・被験者(46)が述べた2番目に必要なものは、外国文化について学ぶことであった。

・調査の最後の質問で最も多かった回答(51)は外国語の知識をより多くすることであった。次に頻度が高かった2つの回答(41)は友達を作ることと偏見をなくすことであった。

 

4. まとめ

この調査で最も見込みのある発見はエラスムスに参加した学生ポーランドの学生がマインドフルな異文化間コミュニケーターであること、彼らが出会った外国人のアイデンティティに対して敏感であることが証明されたということである。

・海外留学プログラムに参加する学生には有益な異文化間トレーニングの創造とその実行の明確な願望があるので私は教育者にこの課題を提示する。

 

 

 

論文に対する批判・検討および考察

 

批判・検討

調査の参加者は前回のエラスムスの参加者であるポーランドの学生間で行われたとあるが、そのポーランドの学生が具体的にどこの国へ留学したのかということが明示されていない。留学先である国によって、エラスムスに参加した学生が感じる自国の文化と他国の文化の相違の度合いが異なってくる可能性があり、さらに論文の読み手側としても調査のより詳細な事実を得ることを目的とする人もいると考えられるので、留学先の国は明示すべきであると考える。

また、エラスムスに参加した学生が、留学前トレーニングにおいて必要であると判断したことと、その解決策との間に相違が存在していたとある。具体的な内容は、学生は実践的なタスクや技能の発達といった実地体験の必要性を述べたが、その解決策として地理、歴史、文化、伝統などといった理論的知識を得ることについて焦点を当てていた。今論文の筆者は「こういった事実があった」ということだけで、自身の見解を述べていない。事実だけではなく、調査の結果に対する考察も記述するべきである。ちなみに筆者の見解としては、留学前トレーニングの内容に問題があったと考える。この調査の結果のように「多くの学生が言語の壁にぶつかった」とあるが、留学するにあたって自分の意思を伝えられないなどといった言語的問題は少なからず生じ、アンケートには必ずと言っても過言ではないほどかかれることである。つまり、留学前にどれだけ濃密な言語訓練を行っていたとしてもこのような問題には直面するということである。エラスムスに参加した学生が地理や歴史などといった理論的知識を得ることに焦点を当てていたということから、そのような問題に遭遇し、かつそれを留学先の国の人に伝えられなかったということがうかがえる。したがって、留学前トレーニングの内容には言語技能の上昇を目指したものだけではなく、実際にりゅうがくしを経験した学生が述べた地理や歴史、文化などといった知識の提供も導入するべきであると考えられる。

 

考察

 論文の調査については非常に興味深い内容だと感じた。「グローバル化」が唱えられ、進む中で他国の人とのコミュニケーションは必然的に行われるようになる。その中でどのようにコミュニケーションを行えばよいのか、相手の文化や伝統、習慣を損傷しないためにはどのようなホスピタリティーが必要であるのか、といったことを考えなければならない。しかし、一概に「気を遣う」といっても簡単なことではなく、エラスムスの学生が感じたように事項の文化と他国の文化の差異や習慣は想像以上に大きなものである。そこで大切なことは「どちらが良い悪い、正しい正しくないという概念は存在せず、どちらも1つの文化である」ということである。例えば日本の生活の特徴の1つである、生魚を食べるということは我々日本人にとっては生まれてからずっとそのような環境で育ってきたため、当たり前のように感じる一方、生魚を食べない国の人にとってはその文化を当たり前だとは感じない。その逆も然りで、昆虫を食べる文化のある国の人はそれが当たり前だと感じる一方、われわれ日本人には当たり前だと感じない。そこで、お互いの文化を卑下せずに1つの文化として尊重することが大切である。もし自分が昆虫を食べる文化の中で育ってきたならば昆虫を食べることに何の疑問も感じないのである。

 このように、文化というものはその地の歴史や伝統、習慣に沿って築かれていくもので、どの国も同じであるということや1つしかないということは有り得ず、それぞれを理解し尊重することで、良きコミュニケーションを行えるようになると考えられる。