1章「CAN-DOリストと観点別評価」

1.はじめに
日本の外国語教育におけるCAN-DOリストと観点別評価
文部科学省初頭中学校教育局発行(2013)『各中・高等学校の外国語教育における「CAN-DOリスト」の形での学習到達目標設定のための手引き』(以下、『手引き』と記す)には「「CAN-DOリスト」の形での学習到達目標は、日本の全ての中・高等学校において作成することが望まれます」と明記された。
1989年、中学校学習指導要領で観点別評価を行う旨が記され、2009年、高等学校学習指導要領でも観点別評価を行う旨が記された。

2.1 CAN-DOリストの定義と目的
CAN-DOリストの定義
『手引き』, pp.4の定義によると、CAN-DOリストとは、「学習到達目標を言語を用いて「~することができる」という能力記述文の形で設定」したものである。

CEFR(ヨーロッパ共通参照枠)
CAN-DOリストはCEFRを重要な柱としているのでそれについて説明する。CEFRとは、欧州評議会*¹が2001年に発行し現在に至るまで推進している言語教育政策である。CEFRは複言語主義*²を取り入れている。言語使用者が「なにができるか」を大まかに記述しレベル分けした共通参照である。つまり、ある学習者があるレベルにおいて何ができるとよいかを明確にするものということもできる。レベルは以下の6段階に分かれている。
 A1A2 :基礎的レベル
B1B2 :自立したレベル
C1C2 :熟達したレベル

注意すべき点
・「私は…できる」ではじまる能力記述文がありそれに照らして自分の能力を調べることのできる自己評価表を採用していることからわかるように、学習者中心の記述的枠組みであり、規範ではない。
・CEFRにおいては言語の運用のされかた、言語学習者・言語使用者が言語を用いて何ができるかということが強調されており、言語は行動中心であって知識中心ではないと結論づけられている。

※1欧州評議会…1949年に創設された「人権・民主主義・法の支配の分野で国際社会の基準策定を主導する汎欧州の国際機関」(外務省HP)であり、「言語教育と言語学習の促進を最も優先順位が高い分野としてとらえ、同時に、異文化認識の育成が外国語能力の習得の本質である」と考える国際機関である。2015年現在47ヵ国が加盟している。
※2複言語主義…多くの人々が多言語についてある程度の能力を持っており、言語教育役目は人々にこの事実に気づかせその能力を養い促進することである、とする立場。

ELP(ヨーロッパ言語ポートフォリオ)
CEFRと同時期に開発されたもの。CEFRとは多くの点で相互に影響しあい、共に言語運用能力の共通参照レベルを中核的要素としている。

<ELPの原則>
・ELPの所有者は学習者本人とする。
・ELPは言語と(異)文化に関するあらゆる能力、あらゆる経験を記録し、それらの価値を認める。
・ELPは複言語主義と複文化主義を奨励する。
・ELPは学習者の自律に役立つ。

<ELPの目標>
・学習者の自律を促進し、学習者自身のために適切な指導と手段を与えることによって学習スキルを育成すること。
・言語使用者・言語学習者が記録・提出しやすいフォーマットをあらかじめ構造化された形で提供すること。

<ELPの構成>(山本冴里 2010)に準拠。
・言語パスポート…所有者は定期的にこれを更新する。彼/彼女は、自身の言語「アイデ  ンティティ」や、言語学習過程での結果ならびに異文化間体験を描きだすデータをまとめる。
・言語履歴…学習目的を定め、進歩をはかり、結果を評価し、言語学習や異文化接触における重要な経験について内省するために使用される。
・資料集…使用者が、第一言語以外の言語で行った個人的な成果物から選び、集め、更新する。



学習達成目標の設定にCAN-DOリストを用いる目的
・学習指導要領に基づき、生徒が身につけるべき能力を各学校が明確化し教員が指導と評価の改善に活用。
・学習指導要領を踏まえた「聞くこと」「話すこと」「読むこと」「書くこと」の4技能を総合的に育成し、「外国語によるコミュニケーション能力」、相手の文化的、社会的背景を踏まえた上で「自らの考えを適切に伝える能力」・思考力・判断力・表現力を養う指導につなげるために活用。
・生徒が主体的に学習する態度・姿勢を身につけるために活用。

2.2 CEFR-JとCAN-DOリストの作成
CEFR-J
CEFRに基づき日本の英語教育に特化した参照枠組みのこと。CEFRを日本の英語教育に導入する際の問題点は以下の通り。

・日本人学習者の8割が英語運用能力最低のAレベルに属し、CEFRのレベル分けの基準をそのまま適応した場合レベル分けが機能しない。
→解決策:低レベルをより細分化してレベル分けする。
Pre-A1<A1.1<A1.2<A1.3<A2.1<A2.2<B1.1<B1.2<B2.1<B2.2<C1<C2
・評価としての利用が大半を占めるなか指導・学習に使えるのか
→解決策:CEFRとは別に、CEFR-Jは指導・学習にも使えるという姿勢をとる。

以上の過程を経てCEFR-Jが完成した。

CAN-DOリストの作成法
『手引き』:外国語表現・理解の能力をついて能力記述文の形で学習到達目標をたてるように定めている。外国語表現・理解の能力を4つの技能*³(「聞く」「話す」「読む」「書く」)に分解してそれぞれに中・長期的な到達目標を立てる。到達目標の設定には「~することができる」という能力記述文を用いる。4技能の到達目標はそれぞれが次の2つの要件*⁴を備えていることが必要である。

 ・「ある言語に具体的な使用場面における言語活動を表している」
 ・「学習活動の一環として行う言語活動であり、各学校が適切な評価方法を用いて評価できる」

※3投野由紀夫(2013).「CEFR-JのCAN-DOリスト設定とその活用」『英語教育』, 61, pp.38-45:「話す」技能を「やりとり」と「発表」の二つに分けるべきとしている。
※4投野(2014):さらに次の三つの内容を含むべきとしている。
・行為:言葉を使って具体的に何をするのか。タスクと内容が含まれる。
 ・条件:どのような条件でタスクを行うのか。
 ・判定基準またはテキスト:ことば的にどの程度上手にタスクができればいいのか。理解する場合はどの程度のテキスト・レベルか。

CAN-DOリスト作成の手順
到達学習目標は中・長期的でなければならない。ほかのCAN-DOリストを参照したり、(具体的にはCEFR-J、英検CAN-DOリスト、など)教科書、教科書以外でどのような言語活動を取り入れているかを振り返るなどして学習到達目標を設定する。次に目標到達に必要な言語活動を考える。英語の理解能力に関わるディスクリプタは「タスク」「テキスト」「条件」が含まれていなければならない。英語の表現能力に関わるディスクリプタは「行為」「質」「条件」が含まれていなければならない。

CAN-DOリストの作成方式
CAN-DOリスト作成には二通りの方式がある。一つはトップダウン方式、もう一つはボトムアップ方式である。

トップダウン方式…既存のCAN-DOリストから自分の学校に適したレベルの言語枠組を選択しそれを自分の学校のCAN-DOリストに組み込んでいく方式。
 ボトムアップ方式…自分の学校の生徒のレベルに合わせてCAN-DOリストを書いていく方式。

それぞれのメリット、デメリットを以下に挙げる。

 トップダウン方式
 ・メリット:外部のタスクを行える。外部のテストを採用できる。それによって客観的に英語能力を測れる。ボトムアップ方式だと失念しがちな「やりとり」の能力を意識することができる。
 ・デメリット:学習者の英語能力との間にずれが生じる。各学校のカリキュラム・シラバスとの間にずれが生じる。外部のCAN-DOリストを絶対的な基準として取り扱うことは自律学習の意義を損ねる。*⁵
ボトムアップ方式
 ・メリット:トップダウン方式に比べて妥当性が高い。
 ・デメリット:CAN-DOどうしの関連性が薄くなる。発達感が見えづらくなる危険性も伴う。*⁶

自分の学校のCAN-DOリストを作成するには、まずボトムアップ方式でCAN-DOリストを作成し、その後外部の大きな枠組と関連づけ能力発達上の位置づけを示すというやり方が適切である。*⁷

※5, 6…長沼君主・永末温子(2014).『Teacher’s Manual: LANDMARK English Communication I Can-Do リスト解説書, Can-Do尺度に基づいた学習と評価のアプローチおよび授業展開例』新興出版社啓林館, pp.1に準拠する。 
※7…長沼君主(2008)に準拠する。

言語能力観からみるCAN-DOリストの分類
工藤洋路(2012)によると、言語能力観からみるとCAN-DOリストは以下の4つに分類でき、通常は4つの種類のうち複数のCAN-DOリストを組み合わせて自分の学校のCAN-DOリストを作成する。

・実際の英語使用を反映したCAN-DO
・英語の学習を反映したCAN-DO…実際の英語使用としては役に立たない、しかしある
学習段階において重要とされるCAN-DO。
 ・授業内活動を反映したCAN-DO…教室内の英語による言語活動におけるCAN-DO。
 ・試験で問われる能力を反映したCAN-DO

「試験で問われる能力を反映したCAN-DO」が「英語の学習を反映したCAN-DO・授業内容を反映したCAN-DO」と類似しているため、「実際の英語使用を反映したCAN-DO」との間にずれが生じている。

CAN-DOリスト作成にあたっての注意点
『手引き』には、読み取りの練習では教科書とは異なる物語文を用いよ、また筆記テストにおいても教科書とは異なる物語文を用いよ、と書かれているのでCAN-DOリスト作成上これを銘記することを忘れはならない。

2.3 CAN-DOリストの目標達成の評価方法
CAN-DOリストの目標達成の評価にあたっては以下の二種類の評価を行わなければならない。
①途中途中の評価→形成的評価
②終了した時点の評価→総括的評価 

CAN-DOリストの中で目標達成の評価に適しているのは
「外国語表現の能力(=産出能力)」スピーキングとライティング
「外国語理解の能力(=受容能力)」リスニングとリーディング
以上二つの観点である。この観点を用いて①と②の評価を行う。具体的には以下の通り。

①の評価方法
 ・小テスト
・面接
・エッセイ 
・言語活動の観察
・授業中のタスクの取り組みの観察
・スピーチなどのパフォーマンスの評価
・ポートリフォの点検
・生徒自身の自己評価(参考程度)*⁸
②の評価方法
・定期テスト
※8…『手引き』p.13には「生徒による自己評価の結果を教員が行う生徒の評価資料として使うことができない」とある。しかし生徒の自立的学習を促進することが望まれる現在、CAN-DOリストに基づく観点別の自己評価ができるように指導することが教師に求められる。

PDCAサイクル
ビジネスマネジメント手法の一つ。
Plan :目標を設定し計画を立てる。
Do :計画を実行する。
Check :実行の結果を点検する。
Act :改善を行う。
を一連のサイクルとして繰り返す手法。この手法を用いて学年末にCAN-DOリストによる目標達成状況の見直しを行うことが勧められる。
PDCAサイクルをCAN-DOリストに当てはめると、

Plan : CAN-DOリストの作成。まず卒業時の到達目標を設定する。次に学年終了時の到達目標、学期終了時の到達目標といったようにだんだんと細かい節目ごとの到達目標を設定していく。そのときの目標は1年生では70~80%の生徒*⁹が達成できるものを設定する。4技能内のひとつ、スピーキングは「やりとり」と「発表」の2つに分けてそれぞれ目標を設定する。その目標が達成できるように計画を立てる。
Do :計画を実行する。
Check :形成的評価と総括的評価の二種類の評価を用いて実行の結果を分析・評価する。
Act :点検事項を検討・修正する。課題を解決できるように次の計画を立てる。

以上のようになる。

※9…久村研(2009).「授業で英語を多く使うために―行動志向的アプローチのすすめ」『英語教育』大修館書店, 61(12), pp. 45-47に準拠する。

<参考文献>
山本冴里(2010).「欧州評議会の言語教育政策」細川英雄・西山教行編『複言語・複文化主義とは何か―ヨーロッパの理念・状況から日本における受容・文脈化へ』pp.12-13
工藤洋路(2012).「CAN-DOリストとはなにか―CAN-DOリストの作成から活用に向けて」『英語教育』大修館書店, 61(8), pp.50-52



3. 観点別評価
3.1 観点別評価の定義と目的
◎観点別評価…「受験者の言語表現の様々な側面を別々に評価する」分析的評価
        →学習指導要領の目標に準拠した分析的評価
・学級または学年における位置づけから評価する集団基準準拠評価だけでなく、学習目標の実現状況を総括的に評価する。
・観点別評価を行う理由
 学習者個人の学習状況を的確に把握するため
 学習指導要領により沿ったものにするため
 学校段階の目標を実現しているかを評価するため
 個人に応じた指導に生きる評価をするため
⑤ 評価の客観性や信頼性を確保するため

3.2 学力の3要素と観点別評価の4観点の関係
・学習評価の在り方と学力要素を対応させて整理。
表1 観点別評価の4観点と学力の3要素の対応表
観点別評価の4観点
学力の3要素
コミュニケーションへの関心・意欲・態度
主体的に学習に取り組む態度
外国語表現の能力、外国語の理解の能力
基礎的・基本的な知識・技能
言語や文化についての知識・理解
基礎的・基本的な知識・技能

・学習状況を4つの観点別に→学習指導要領を踏まえた観点別学習状況
表2 NIER(2012)による高等学校外国語の観点別学習状況の4つの観点とその趣旨(表の枠は筆者改変)
観点
趣旨
コミュニケーションへの関心・意欲・態度
コミュニケーションに関心をもち,積極的に言語活動を行い,コミュニケーションを図ろうとする。
外国語表現の能力
外国語で話したり書いたりして,情報や考えなどを適切に伝えている。
外国語の理解の能力
外国語を聞いたり読んだりして,情報や考えなどを的確に理解している。
言語や文化についての知識・理解
外国語の学習を通して,言語やその運用についての知識を身に付けているとともに,その背景にある文化などを理解している。
・実現状況はA~Cの3段階、評定は1~5の5段階で判断。
・単元末、学期末、学年末には観点別学習状況の評価の総括を行う。

「外国語表現の能力」「外国語理解の能力」の観点の評価においてCAN-DOリストの形による学習状況の評価が生かされることが期待されている

4. おわりに
・CAN-DOリストや観点別評価は中学校・高等学校の英語教師にとって大きな負担である。
→これらのことにどのような意義があるのか。
コミュニケーションの目的を、生徒が英語を使って具体的な行動で果たせるようになる。
教師の指導と評価の改善につながる。
目標を教師と共有することで生徒自身の自己評価を促し、自律的学習者を育成することができる。

<参考文献>
・文部科学省国立研究政策研究所教育課程研究センター(NIER).(2012).『評価規準の作成,評価方法等の工夫改善のための参考資料 高等学校外国語』.教育出版. p.23