塩屋賢子(2014)「論理的に表現する力を高める中学校外国語科(英語)の指導に関する研究
―思考ツールを活用した『書くこと』の活動を通して―」
出典:やまぐち総合教育支援センター(http://www.ysn21.jp/tyousa/tyoukikensyu/26nendo.html)
1. 研究の意図
1.1
研究テーマ設定の理由
・文章を論理的に構成し、自分が意図したことを表現する力を高める指導に着目。
・英語の基礎を取得する中学校段階の限られた言語材料でも表現できるようにするために、イメー
ジマップやチャート等の思考ツールを使用しながら、情報を整理し、根拠や理由を加え、筋道の
立った一貫性のある文章を書くことができる手立てを追究する。
1.2 研究の仮説
・中学校外国語科(英語)において、「書くこと」の活動の中で、思考ツールを使うことにより、
自分が意図したことを英語で筋道を立てて書くことができるようになり、論理的に表現する力を
高めることができる。
2. 研究内容
2.1 思考スキルと思考ツール
・言語活動において、「読む」「聞く」のインプットから「話す」「書く」のアウトプットの間に、思
考し判断する認知プロセスがある。
【思考の認知プロセス:記憶→理解→応用→分析→評価→創造(より複雑化されたものへ進む)】
・本研究では、英語で「書くこと」の活動において論理的に筋道を立ててまとめていく際に必要にな
ると思われる、記憶、理解、分析、評価の4つの思考スキルについて取り上げる。
⇒生徒が思考ツールを活用し、必要な思考スキルを向上させることで、より深い思考と適切な判断
ができるようになり、論理的な文章を書くことができることを検証する。
【思考ツール:頭に浮かぶ知識の断片やイメージを書き留め、視覚的に表すための手段】
2.2 英語で論理的な文章を書くために
2.2.1
言語による思考回路の違い
・日本語の思考パターン
┗「渦巻き型」:最初に様々なことを述べて結論は最後に持ってくる。
・英語の思考パターン
┗「直線型」:自分の主張や結論を最初に述べ、その後に具体的な事象や理由を付けていく。
⇒指導に当たって、英語特有の「直線型」思考の文章展開の方法を捉えさせていくことが必要。
2.2.2
英語の文章の特徴
・結論から述べること ・5W1Hが明確であること
・3つの構成になっていること ・理由や根拠が明確であること
・一貫性のある内容になっていること
⇒授業実践の毎時間の始めに確認することで、論理的にまとめていく意識の定着が図られる。
2.3 書く手順と思考ツール使用計画
・まとまりのある文章を書いていく手順は表1の通り。
・それぞれの手順に対して、授業を1時間ずつ行う。
・表1の手順に従って、必要とされる思考スキルに応じた思考ツールの原型を作成した(図1)。
・思考スキルには評価基準を設定して客観的に判断できるようにし、どの程度思考スキルが身につ
いたかを検証した。
・授業実践は、第3学年を対象に、7月及び10月の2回実施した。
┗授業実践1:修学旅行の体験記を書く活動
┗授業実践2:「住むには都会と田舎、どちらがよいか」というテーマで意見文を書く活動
2.4 授業実践1:「修学旅行体験記」を書く
・生徒は5月に関西方面へ修学旅行に行っている。
⇒実体験を第三者に伝えるという状況設定が可能なため、生徒の書く意欲を高めることができる
題材として適している。
・6月に教科書に載っている例文を参考にして一度修学旅行の体験記を書く活動を行っている。
⇒授業実践1では例文に捉われずに、思考ツールを使用して英語の特徴と文章のまとめ方を知り、
生徒自身が自分の伝えたい話題を決め、自由に記述する活動を進めた。
2.4.1
評価基準と思考ツールのアレンジ
・各思考スキルに用いる思考ツール及び思考・判断する力の評価基準は表2の通り。
・思考ツールの原型を基に、生徒が興味を持ち意欲的に活動に取り組めるよう、シートをアレンジ
した(図2)。
2.4.2
実際の授業と指導上の注意点
・生徒に和英辞書を用意させ、アイデアマップを使用する想起の段階から英語で書くよう指示。
⇒表現の幅が広がるだけでなく、生徒の主体的な学習への取り組みが期待できる。
・各思考ツールに記入する際、訂正箇所は消しゴムを使わず、二重線等で消すように指示。
気付きを書く/見直しをする等の作業はアンダーラインを引いたりメモを書いたりするよう指示。
⇒生徒が何をどのように考え、判断していったのかを見取ることができる。
・授業は英語で進め、生徒の理解を促すために、板書はできるだけ思考ツールと同じ形を作って示
し、活用方法を捉えやすくした。
2.4.3
授業実践2に向けた改善
・思考ツールに生徒が書いたことを思考スキルの評価基準に基づいて評価
→結果:分析(理由や根拠の特定化)のスキルが低い
・評価結果や生徒の自己評価での記述から、5W1Hの中でも「why」への苦手意識が見られた。
⇒理由や根拠の特定化と構造化のスキルを高めるため、思考ツールの工夫・改善を行った。
2.5 授業実践2:「意見文」を書く
・テーマ:「住むなら都会と田舎、どちらがよいか」
・地方に住んでいる自分たちの生活の様子と、関西方面へ修学旅行に行って体験してきたことから
都会の様子とを比較することができ、生徒が自分の意見をもちやすい題材と考えられる。
2.5.1
評価基準と思考ツールのアレンジ
・文章を書く活動は基本的に授業実践1と同じ手順で進めた(表3)。
・整理する内容や書くスペースの配置を変えるなどして改善した思考ツールは、図3の通り。
2.5.2
実際の授業と指導上の留意点
・想起の段階で、都会と田舎についての考えやイメージを出すことが難しい生徒が見られた。
⇒学級全体で考えやイメージを出し合い、共有してヒントを与える支援をした後、各自が思考ツ
ールに想起したことを書くようにした。
・自分の意見を支える具体的理由を3つ挙げるよう指示し、文章の構成を考える段階にて、読み手
を意識した説得力のある文章になるよう3つの理由の順番を考えさせた。
2.6 授業実践の結果と考察
2.6.1
論理的に表現する力の検証
@ 記憶(想起)のスキル:話題と内容の明確化
・授業実践1:想起した言葉を10語以上書いた生徒が70%おり、修学旅行について関連した言
葉をたくさん想起することができた生徒が多かった。
授業実践2:事前に都会と田舎という2つのカテゴリーが決められており、その範囲内で連想
される言葉を書きこんでいくのに時間がかかる生徒が多かった。
⇒自分が興味を持ったり実際に体験したりしたことは、具体的な内容を想起しやすい。
・しかし意見文でも90%近い生徒が5語以上の言葉で自分の意見の基となる考えを書きだすこと
ができたため、アイデアマップで記憶(想起)のスキルを高める効果はあったと考えられる。
A 理解のスキル・分析のスキル:情報の整理・分類
・授業実践1:必要なところに理由や根拠を書いている生徒の割合が少数であった。
→言わなくても状況で互いに理解し合えるハイコンテクスト文化=日本語の特徴
⇒生徒は日常生活の中で理由や根拠を述べなくても十分にコミュニケーションをとることが
できるため、理由や根拠を述べることをあまり意識していないのではないかと考察される。
・授業実践2:理由を3つ挙げた生徒は半数以上おり、2つ挙げた生徒を合わせると90%以上と
なった。また、分析(関係性の構築)のスキルは、A及びBの評価を合わせると
約78%の生徒が、主張とそれを支える理由や根拠の関連性を意識して記述するこ
とができた。
⇒自分の伝えたいことに理由や根拠を関連付けて述べることができ、論理的に話を展開するた
めの大切な要素となる理解(理由・根拠の整理・分類)のスキルと分析(関係性の構築)の
スキルを高めることができたといえる。
B 文章の構成
・文章全体の構成をどのようにまとめたらよいかを生徒に理解してもらうため、ハンバーガーを
形どった思考ツールを使用し、以下の2つの活動を行った。
@内容をtopic、body、conclusionの3つの構成にし、まとめていく活動
Aつなぎ言葉を考えていく活動(→文と文に結束性が生まれる)
・授業実践1ではハンバーガーシートにまとめ(conclusion)を書くことができず、つなぎ言葉
もまったく書くことができていなかったが、授業実践2ではどちらも書くことができるように
なった生徒もいた(図4)。
⇒文章の流れを意識しながら筋道を立てて文章を構成する分析(関連付け)のスキルが高まっ
たことがわかる。
C 下書き、相互評価
・バリューシート中央に下書きをし、左に設けた評価項目に従って確認しながら書き進め、ペア
で交換して相互評価する活動を行った(図5)。
図5 生徒のバリューシート ・評価(統合スキル)「これまでの過程を基にした評価項目を考慮した下書きができている」 評価(評価スキル)「他の生徒の下書きを正確に評価できている」 →両評価項目共に、授業実践2の方ができている生徒の割合が非常に高くなった。 ⇒評価項目に沿って客観的に評価し合うことで、生徒自身が論理的に文章を書くポイントを 捉えることができた結果であり、論理的な文章の書き方を定着させるために効果的な活動 であったといえる。 D校正と清書 ・一度回収したバリューシートを教師が確認し、生徒が見落としていた綴りや文法的な間違いを 訂正して返却した。 ・授業実践前:例文と同じ文の構成で、自分の訪れた場所と形容詞の2か所を変えただけの清書 が多く見られた。 授業実践後:自分が伝えたいことを文にし、文章の構成を考え、意図したことをまとめること ができた。 ・生徒は改善点を話し合い、よりよい文章を完成させるための各自の課題を確認した後、清書へ とつなげていくことができていた。 2.6.2
論理的な表現に対する生徒の意識 ・毎時間授業の始めに生徒とのやりとりを通して、英語の文章の特徴や書き方のポイントについて 確認した。また、授業で使用する思考ツールに何を意識して書けばよいかも示した。 ⇒思考ツールを使うことで、これまでにない自分の考えが生まれたことを実感したという感想が 得られた。 ・「7月と10月の2回の授業実践を通して何を学んだか」を自由記述形式で書かせたところ、文章 を論理的に書いてまとめるポイントについての記述が多く見られた。 ⇒生徒に論理的に文章を書く意識が定着していることがわかる。 3. 研究のまとめと今後の課題 3.1 思考ツールの有効性 ・スモールステップで各段階に応じた思考ツールを使うことで、生徒は英語の文章の書き方を理解 し、思考スキルを高め、自分の意図したことを英語で論理的に書いてまとめることができるよう になった。また、思考ツールを繰り返し使用することで、書き方に慣れ、まとめていくためのポ イントを定着させることができた。 ⇒英語を「書くこと」の活動において、論理的に表現する思考スキルを高めることに思考ツールが 有効であったといえる。 ・テーマの種類や生徒の様子に応じて必要と思われる要素を取り入れて思考ツールを改善したこと も、各段階で思考スキルを高める効果があったといえる。 ・2回の授業実践を通して、これまで英語を苦手としてきた生徒が、「初めてこんなにたくさんの文 章が書けたのでうれしい」等と、英語で書くことに対する自信をもつことができた。 ⇒生徒の書くことへの不安をなくし、学習意欲を高めるという点においても、思考ツールは有効で あるといえる。 3.2 今後の課題 ・生徒の実態に応じた思考ツールの開発と継続的な使用計画を立てること、さらに幅広い使用場面 を設定することが挙げられる。 ■ ディスカッションポイント ・高校や大学で思考ツールを用いた英語教育を行う場合、どのような工夫ができるか。 ・思考ツールの作成・訂正(改善)や校正段階での添削など、教師の負担が非常に大きく感じるが、 円滑に授業を進めるためにできる工夫はあるか。 ■ 授業を終えての考察 ・学生のレベルが上であるほど、ピアフィードバックをより活用することで、教師の負担は減り、 生徒同士も有意義な意見交換の場とすることができると考えられる。 ・授業もすべて英語ということで、中学生には厳しいかもしれないという案があがった。 三単現の「s」等のレベルならまだしも、論理的であるかという面で生徒同士でピアフィードバ ックを行うのはかなり難しいと考えられる。授業開始時に教師が行う、論理的に書く方法の提 示をいかに工夫するかも1つの手であると考えられる。 ・実際に中学の時にハンバーガーシートを用いた人の意見によると、楽しくわかりやすく学べた とのことだった。しかし、大学生においては既にある程度論理的に考えられるレベルになっている と考えられ、思考ツールを大学でまで行う必要はないのではないか、もっと自由な裁量に任せても 良いのではないかという意見があがった。