山中司(2005)「大学英語教育におけるプロジェクトを主体とした教育手法の効果―オートノミーの育成と学習への動機付けに着目して―」『立命館人文科学研究』Vol.32. pp.105-116

 

はじめに

英語教育におけるプロジェクト型の手法が提唱された当時、プロジェクト型学習に対しては「活動偏重、知識軽視」、「教科の組織的体系の軽視」、「放任」などといった批判的論評が尽きなかった。しかし本稿の論じる「プロジェクト発信型英語プログラム」において実践されるプロジェクト型学習ではそのような批判は必ずしも的を射ていない。本稿ではプロジェクト学習が実際の学習者に効果的な学習を促しうることを、「学習者オートノミー」を中心軸に置き理論、実践の双方から説明を試みるものである。

 

●プロジェクト発信型英語プログラム

目的: 今持てる自分たちの語彙、文化に編集された独自の「英語」を積極的に用い、説得・交渉によって自身のプロジェクトの発信を試みる。こうした教育を通して日本人としてグローバル社会に堂々と参加する術を身につける。

手法:英語の非母語話者としての日本人が英語を用い自分たちのプロジェクトを国内外に発信する英語教授法。学習者は自身の興味や関心に基づいたプロジェクトを立ち上げ、一定期間経た後それについてのプレゼンテーションやディベート、パネルディスカッション等を行う。英語そのもののブラッシュアップはプロジェクトと並行して行われるスキルワークショップにてサポートされる。

 

大学英語教育における学習者オートノミーの意義

筆者の試論において提示される、学習者にオートノミーが備わることによるメリットは、以下の二点である。

学習内容に対して

学習者は学習内容を自らに有用と思えるものに再解釈し再目的化して取り組むことができる。難易度の高い、低いに関わらず学習内容を己の糧にすることができる。

評価に対して

学習者が拘るのは自身が立てた理想との距離であり評価は参考にすぎないと考えるようになる。故に相対評価が低い学習者もモチベーションを維持できる。建設的な批判もできる。

 

プロジェクトの手法による学習者オートノミーの育成

以下の二つの側面から記述する。

プロジェクトの遂行を最重視する実践法 

プロジェクトは学習者が当事者として関与できる内容である。よってコミュニケーションに熱が入る。これはプロジェクトがコミュニケーションと強い親和性を持っていることによるものである。

学習者が発信者としてコミュニケーションの起点、中心となる時オートノミーが要求されると同時に心的負担、責任が伴う。発信を成功させるために欠かせないのが学習者のプロジェクト内容に対する拘りである。

学習者が専心できる仕組み

実践を通したオートノミー、自尊感情の獲得が、学習者の更なるコミットメントを引き出すと考えられる。

学習者は自由なテーマ設定の下、自身の生活そのものをプロジェクトと連動させることができ、したがってモチベーションが高まる。プロジェクトを遂行するため、という具体的な目的を持ちつつスキルワークショップを受けるので学習者は積極的にスキルを身につけようとする。

プロジェクトを遂行する上で各学習者がどの側面に注力するか自律的に考える余地を保障しているため、学習者が能動的に関与しているという実感を持てる。

 

プロジェクトと学習の関係について

プロジェクト活動は<動機付け知識獲得実際の運用更なる動機付け>というらせん状のサイクルの推進力となる。このサイクルを「学習者における学習の習慣化」と名付けることにする。

プロジェクトの手法がもたらす学習の習慣化の検証

学習者の質問紙調査の結果の検討することで検証を行う。

 

〇調査手法:質問紙調査を行い、「プロジェクト発信型英語プログラム」を一年間受講した集団(大学二年生)、そうでない集団(大学一年生)に同様の質問を実施し両者を比較し統計的な分析を行う。

 

〇調査項目:以下19問の設問に対し5件法で問う。

Q1.自分は英語でコミュニケーションすることに自信がある。

Q2.英語でプレゼンテーションする際、映像やスライド等は最小限にし、スピーチを主体にするべきだ。

Q3.世間では英語がますます当たり前のものとなり、焦りを感じている。

Q4.自分の英語コミュニケーション能力は高いと思う。

Q5.一定のレベルに達するまで、自由に英語コミュニケーションする活動は控えたほうがよい。

Q6.テストの点数アップ以外に、自分にはしっかりとした英語学習への動機付けがある。

Q7.過去一年間の英語学習を振り返ると、自分はよく取り組んだ方だと思う。

Q8.過去一年間の英語学習を振り返ると、それは英語でコミュニケーションすることに役立つものであった。

Q9.過去一年間の英語学習で、自分は使える英語知識を幅広く学んだ。

Q10.過去一年間の英語学習で、自分は上記9.の知識を実際に使えるようになっている。

Q11.過去一年間の英語学習で、自分はリスニング力を向上させることができた。

Q12.過去一年間の英語学習で、自分はスピーキング力を向上させることができた。

Q13.過去一年間の英語学習で、自分はリーディング力を向上させることができた。

Q14.過去一年間の英語学習で、自分はライティング力を向上させることができた。

Q15.過去一年間の英語学習で、自分は文法力を向上させることができた。

Q16.過去一年間の英語学習で、自分は語彙力を向上させることができた。

Q17.過去一年間の英語学習で、自分は英語力を総合的に向上させることができた。

Q18.英語の授業はTOEIC等の試験対策のみを集中的にするべきだ。

Q19.一年前に比べると、自分は英語でコミュニケーションすることに自信がついた。

 

〇実施対象、実施期間:筆者担当の英語プロジェクト・クラス(一年生5クラス95名、二年生4クラス76名)計171名に対し、2012年度4月の初回授業時に英語に対する意識調査として実施。

 

〇回答率:95.9%(有効回答数一年生93[一年生内回答率97.9]、二年生71[二年生内回答率93.4]

 

〇結果、考察:

結果は以下の表の通りである。5%水準で有意差が認められたのはQ2Q6Q8Q10Q12Q13Q15Q18Q19である。主に結果に有意差が認められた項目に対して考察を加える。

Q1の結果から、プロジェクトによる英語教育手法が学習者に自信を与え、モチベーショ

ンの観点から有効に機能し得る可能性が示されているといえる。

Q8 の結果から、プロジェクトを通した英語教育により学習者は「実感」や「手応え」を

もって英語でコミュニケーションできるようになっている可能性があり、これが学習者

に充実感を与え学習の好循環を促すことにつながっていると考えられる。

・一方、Q13,Q15ではプロジェクト型でない学習方法の方が効果的であるという結果になっ

た。

 

学習の習慣化の考察>

Q6の結果はプロジェクト型学習でない学習方法の方が効果的であることを示しているよ

うにみえるが、x2検定を行ったところ、一年生、二年生の結果の各々において回答に有意

差は認められなかった。つまり動機付けにおいては学習方法による違いはみられなかっ

た。

Q10の結果においてx2検定を行ったところ、一年生、二年生共に有意差が認められた。学

習者がプロジェクトの授業を受けることで英語運用能力の向上を多少は実感できており

それ以前の英語学習に比較して実効性があるととらえている可能性が推察できる。

 

終わりに

本論の前半で述べたメタ概念が学習者それぞれの解釈のもとで一部成り立っていることが確認される。学習者の自立性を促す手法の一つとしてプロジェクトを行うことが有効である可能性は高い。

 「プロジェクト発信型英語プログラム」の最も肝心な点は英語教育をプロジェクトで行うことにより学習者がオートノミーを得ることである。

 

ディスカッション・ポイント

・「プロジェクト発信型英語プログラム」においてプロジェクトと並行して行われるスキル・ワークショップは学習者のレベルごとにクラス分けを行いそれぞれのレベルに合った内容を指導すべきか、それともレベルに関係なく同じ水準の内容を指導すべきか。

・プロジェクト型学習は、比較的長い期間に渡り自分の決めたテーマを軸にして学習していくことになるが、学習者がプロジェクト型学習の途中でテーマを変えたいと思ったとき、もしテーマを変えると、ほかの学習者と比べて、進行状況にその時点までにこなしてきた分の差ができてしまう。何か有効な解決策はないか。

 

リアクション

・学習者がオートノミーを獲得したかどうかを確かめるにはどのような方法が考えられるか。

・ひとつのテーマで一年間学習を続けると飽きるのではないか。23時間ごとにテーマを変えていくくらいが丁度よいのではないか。

・対大学生の授業として実施するならテーマの変更に伴う進行状況の差の発生はさほど問題にはならないのではないか。