湯舟英一(2011)「英文速読におけるチャンクとワーキングメモリの役割(Functions of chunks and working in fluent reading』)」『Dialogue』19, pp1-20
ワーキングメモリとチャンクに関する説明
1. 良い読みとは
本論文では英文をより良く理解し、記憶することを英文読解の目的と定める。その結果「速く読む」ことがチャンクとワーキングメモリの役割の観点から重要であることがわかった。
・読み手は一つのチャンクを総体としてとらえなければ、英文の真の意味をつかめず、そのためにはある程度のスピードが要求される。
・良く読むためにはある程度の速さが必要であるということについて考察する
2. チャンク
チャンク=人間が一度に情報処理できる情報の単位、本来7±2個のアイテムによって形成される。
英語教育におけるチャンク=語彙チャンク
→数語で一つの意味上のまとまりを形成する塊
チャンク処理のメリット
文や節としての処理ではなくチャンクごとに処理することで脳内回線の負担を軽減化し、スピーディに英文を読むことができる。日英の語順の違いに意識をむけずに読解が可能
This is the ticket / you must show / at the
entrance / before you enter the building
これはチケットです / 見せる必要がある / 入り口で / その建物に入る前に
文単位で処理しようとすると後ろから逆走して読む必要があり、非効率的である。チャンクごとに処理し情報を付け加えていく読み方のほうが2分の1以下の時間で読むことができる
3. ワーキングメモリ
速く読む必要性は短期記憶と関係性がある
ワーキングメモリ(WM)=情報の認知的処理と情報の保持に関与するシステム(脳内の作業机)
e.g. 10桁の電話番号を続けて入力する
→番号を入力しつつ番号を覚えている必要がある
・ワーキングメモリには、スペースと利用時間に限りがある
7±2個のアイテムしか覚えておくことができない
e.g. 電話番号を覚えながら、別の作業ができない。新しい電話番号を覚えていられない
・意味付けや、イメージ、メロディーの上乗せによって長期記憶として保持が可能
e.g. 電話番号81604126→「入ろう、良い風呂」に変換→「入ろう」「良い」「風呂」の3アイテムで保持が可能
英文読解中、内容を保持しながら次のセンテンスを処理する必要があるため、ワーキングメモリを効率的に使うことで良い読みにつながる
4. ワーキングメモリのモデルと神経基盤
脳科学的側面から上記のことを証明している章(省略)
5. ワーキングメモリの特性を生かした読解とは
1チャンクの画像化
書かれた英語を言葉のまま脳内に書き込んでいく=ワーキングメモリの容量7±2を常にいっぱいにしながら文章を読み進める
→チャンクごとに意味付けすることで効率化
e.g. 英語の否定文は文の頭の方にに否定がくるためワーキングメモリに負担がかかる
No one in the family thought / the crab we
ate yesterday was good
→家族の皆が首を横に振るイメージとカニがおいしかったというイメージでスムーズに再生可能。一方で文ごと処理しようとすると7±2の法則から文頭が忘れられ、結果として家族がカニをおいしく食べたという真逆の意味で解釈する可能性がある。
・ひとつのチャンクを画像化し連結、再生することで効率的な読みが可能
2和訳で理解しないこと
語順の関係上和訳は前の情報を捨てて和訳の作業にとりかかることになる。結果として記憶に残らない。
→読むこと自体が目的となり、本来の目的が失われる
=ひととおり和訳をしたということに満足し、内容の理解、記憶まで行き届かない
・ただし、初心者はチャンク単位で和訳することで記憶に残りやすい可能性があるので奨励される場合がある。(きれいな日本語には訳さない)
3できるだけ速く読むこと
ワーキングメモリには時間制限がある
→読むスピードが速いほどワーキングメモリの負担が減り、英文を深く理解できる
速く読める→WMの負担が減る→深い理解内容記憶→読解力向上→早く読める→…
・ワーキングメモリの処理と保持はトレードオフの関係である。読んだ内容を記憶することとオンラインで入力される英文理解への注意資源との配分のバランスを保てる速さが必要
ワーキングメモリの役割を生かしたチャンク読みをするための実践的方法
6. チャンク音読
チャンク=ネイティブの思考単位かつ英語リズムのユニット
→チャンク音読によって言語情報の内在化が期待される
・門田(1997)英語を読んでいるとき読み方がわからなくても何らかの音声化が行われている。
・音読には音声化を高速化し、自動化する効果がある
→単語の認識する速度が向上し、読み方を想起するための時間もへる
・音読は黙読より多くの領域が活性化される。また音読することでエピソード記憶として経験化することで、文法や語彙を長期記憶に保持しやすい
7.チャンク読みシャドーイング
学習者は文が理解できてもリスニングになると理解できない
理由
①
文単位で訳すため、リスニングでは逆走ができない
②
チャンクで理解できでも、ネイティブの発音が自分の読み方と違うため理解できない
文字では一語一語際立って認識することができるが、音声では各単語の頭と尻が接触し、様々な有声変化が生じてしまう。
e.g. 連結 work it out
/ take your time
融合同化 let you go / it’s inside your bag
・改善策としてチャンク単位でのシャドーイングが有効
・人間が音声を聞いて、そのまま記憶できる時間は2秒といわれる
→2秒を超えると馴染みのある音(日本語的な音)に変換しないと覚えられない。
・2秒の間にリピートできれば英語本来の音と意味を関連付けられる
8. チャンク連結によるプレハブ表現へ
日本人が英語を話せないのは初めから厳格な文法制約のもと文単位で英語を産出しようとするためであると言われる
→at the station / do you mind ifなどをチャンクとして記憶し意味の塊をつなげていく感覚で話すのが良い。この結果文法を意識しないで済み、さらにはワーキングメモリの負担を軽くし、それまでの会話の保持やこれから言うべき文産出の処理に容量を当てられる
チャンクとワーキングメモリに関する実際の実験
9. チャンク読みによる速読効果の実証結果
1CALLによるチャンク読みの速読効果
①
チャンク毎で英文を表示したときとそうでないときでは読解速度に差が見られた。
②
学習初心者(TOEIC300-400)にパソコン画面を使った、チャンク毎に英文を提示し読ませる訓練を4か月おこなったところ、ただ英文を読む訓練をおこなった学習者に比べてWPM(Words Per Minute)の向上率が高かった。
③
同じ学習者の間でチャンクの長短の長さを変えて、比較したところ、短いチャンクで訓練した学習者がもっとも読解効率の伸びが高かった。
→学習レベルに応じてチャンクの長さを変えることが有効であるという期待
2チャンク読みの脳血流研究
ブローカ野=文法能力や言語発生に関連
ウォルニッケ野=読んだ言葉を音に変換する
①
4か月のチャンク読みの訓練の結果、協力者は読解の際ウォルニッケ野の血流量が増加した→文法解析への負担が減り、音声符号化の高速化がおこなわれている。
②
4か月のトレーニングの結果、初めはテキストの難易度によって脳全体に血流量が増加していたのが、ブローカ野、ウォルニッケ野に選択的に血流相が増加するようになった。
→大石(2008)の研究で脳の活性化のパターンは下記の右側にいくほど習熟度が高いことがわかっている。無活性→過剰活性→選択的活性→自動活性(過剰活性から選択的活性への移行が見られワーキングメモリを効率的に使用できるようになった。)
10. まとめ
長年「文=センテンス」の和訳単位としての教育がおこなわれてきたが、英文理解に要求される能力を育てるには非効率的である。
正確に読み内容を理解するためには、速く読むことが必要であり、ワーキングメモリの役割からチャンクで意味を捉えることが重要であることがわかった。
「読む行為は、読んだ内容を記憶しながら次々に英文の意味を解釈していくことであり、それを可能にするのがワーキングメモリである。そして、英語を正確に読み内容を記憶するためには、チャンク毎に順次素早く読み進めることが肝要である。」
ディスカッションポイント
①
教室でチャンク読みを身に着けさせる指導法はなにか
②
ワーキングメモリ(7±2)の測定方法と、それを伸ばす手段は本当に無いのか
③
短長チャンクの区別、作成の仕方
議論
①教室よりも各自で課題として練習させるほうが効率的なのではないか
e.g.課題プリントを与えて、各自でチャンク分けをおこなわせる
②ワードスパンテスト、ワーキングメモリ自体を伸ばすのは困難なため、チャンクの塊を大きくする工夫が必要
③要検証