長沼君主(2009).「Can-Do評価―学習タスクに基づくモジュール型シラバス構築の試み」 『東京外国語大学論文集』, 79, pp.87-105


はじめに
近年、日本の英語教育ではCan-Do Statements(以下CDSと記す)に基づいた能力指標を用いた様々な教育改革が行われている。さらに具体的にいえば言語能力発達段階の客観的な参照枠組みであるCEFRのCan-Doリストに準拠したCan-Doリストの作成が様々な大学で実践されている。小・中・高等学校においてもCDSの研究が広まりつつある。

本論の展開:香住丘高等学校と行った共同研究の成果と研究開発過程を
1. Can-Doチェックリストの開発
2. Can-Do評価―学習タスクの開発
3. Can-Do学習モジュールの開発
以上の三部構成で示す。
本論の目的:CDSを用いたモジュール型シラバス*¹構築による高校英語教育改革の方向性を示す。

※1モジュール型シラバス…変化する学習者の能力やニーズに応じて適切なモジュール選択を行いながらCDSに基づいた能力評価を組み入れるシラバス。これにより自律学習を促すことができる。

1. Can-Doチェックリストの開発
内部指標としてのCDSの必要性
・抽象の度合いが高い。
・コミュニケーション志向の記述が多い。
以上のような特徴をもつ共通参照枠組みとしての外部指標のCDSは日本の英語教育の現場に即していない。よってそれを学校教育の現場にをそのまま採用することはできない。従って現状に基づいた内部指標としてのCDSが必要になる。
香住丘高等学校における学習シラバスに基づいたCan-Doフレームワークの記述
香住丘高等学校のSELHi*²対象クラスにおける学習シラバスを反映した内部指標Can-Doフレームワークである「香住丘Can-Doグレード」の開発を行った。
概要:学年ごとの到達段階記述では到達までに要する時間が長いので各学年を2つの期間にわけ全6グレードに分けた。それぞれのグレードで行われる具体的な活動を記述した。実際の教材を参照して記述した。シラバス上に記載される到達目標としてだけではなく、過去に現実に達成された到達基準に基づいて複数の教師の判断のもと記述した。
意義:それぞれの教室や学年間における取り組みに整合性を持たせることができる。教員
の内的なシラバスが外に出されて可視化され教師間の対話が生まれる。

※2 SELHi…「Super English Language High School」の略。「セルハイ」と読む。「英語教育の先進事例となる学校づくりを推進するため、平成14年度より、英語教育を重点的に行う高等学校等を指定し、英語教育を重視したカリキュラムの開発、大学や中学校等との効果的な連携方策等についての実践研究を実施」(文部科学省 2011)するという教育政策である。

客観的能力指標に基づいた、香住丘Can-DoグレードにおけるCDSの検証
・到達度基準の具体的な行動を記述しているので量的な能力発達を把握できる。
・外部試験スコアとともに到達目標を記述しているので質的な能力発達も把握できる。
としているが、実際にはどうなのか。

<外部の到達指標CDSとの比較>
・CEFRのCDSのうち現場との整合性が高いものを抽出し、実際の到達具合とCEFRとの対応関係を併記。外部試験スコアと授業内の到達されている具体的行動を相互に参照できる。
・外部の能力試験に設定されているCDSと相互比較することでフレームワークの妥当性を検証できる。

課題:実際の到達具合とCEFRとがどのように対応しているかの判断はあくまで教師の主観によるもので客観性に疑問が残る。

香住丘Can-Doグレードにおける自己評価のためのCan-Doチェックリスト
Can-Doリストは教師の視点から記述されており、継続して利用を行ったり外部に示したりするフレームワークという観点から、具体性を損ねない範囲で汎用的・一般的。また項目数が多く煩雑。以上の要因により、Can-Doリストそのままでは生徒が自己評価に使うには適していないので、各グレードで4技能それぞれで5項目ずつに絞ったCan-Doチェックリストの開発を行った。

開発されたCan-Doチェックリストの特徴は以下の通り。

・「できる度チェック」(Can-Do)、「やりたい度チェック」(Needs)をそれぞれ4段階で尋
ねる。
・Can-Doの4段階は、「楽にできる(can do easily)」(「TOEIC Can-Do ガイド」
の形式に基づく。)、「できる(can do)」、「困難を覚えるができる(can do with difficulty)」
(CEFRのCan-Doリストの形式に基づく。)、「できない(cannnot do)」以上の4つで
あり、抽象性は排除している。
・Needsの4段階は、「できるけどしたい」、「できるのでしたくない」、「できないのでした
い」「できないけどしたくない」以上の4つであり、「したくない」場合の判断根拠が明確
になるようにしている。

Can-Doチェックリストの意義
・フレームワークのCDSがどれだけ達成されているか生徒の主観的評価から実証する。
・学習者に今後の学習指標を与え継続的な能力発達を意識させる。(自律的学習を促す。)
・学習者の情意面・能力面の両面を知ることができる。
 →情意面と能力面が英語力スコアとどのように関連しているのか分析できる。

アカデミックCan-Do尺度によるスキルバランスの検証(2006年度1年次、2年次対象)
 内部指標に対して、外部指標は「清泉アカデミックCan-Do尺度」を実施している。内部指標はその性質上、シラバスにない技能項目に関しては情報を得ることができない。そこで、シラバスの内容を反映していない、より技能間のバランスが優れた外部指標を利用することで、各技能における下位技能が各学年でどのようなバランスで発達していくのかを検証できる。そこから学習上の偏りを補える。

「清泉アカデミックCan-Do尺度」の特徴は以下の通り。

・各項目を4段階の具体的なCDSで記述。
・ニーズや経験についても尋ねる。
→CDSが経験に基づいているかどうかが確認できる。

<「清泉アカデミックCan-Do尺度」による自己評価の実施結果SELHiクラスと非SELHiクラスの比較>

SELHiクラス
・全ての技能において、1年次、2年次の前期と後期とでCDSに伸びがみられる。学年間でもCDSに伸びがみられる。
・技能ごとに伸び率に差がある。→それぞれのグレードで力を入れたスキルが伸びている。

非SELHiクラス
・全ての技能において、全く伸びがみられず。

Can-Doチェックリストによる到達度の検証(2006年度SELHiクラス2年次対象)
自信の程度が予想を下回った項目
・リーディング…調べ読み、パラグラフ・リーディング
・精読…一貫して自己効力*³が低い。
・ライティング…リスニングによらないディクテーションでない形式の要約

※3自己効力…人間が行うさまざまな学習事態では、これだけのことができるであろうという結果についての期待がその遂行行動に大きく影響する。A. バンディーラはこのような結果についての効力期待のことを自己効力と呼んだ。(北尾 1991)

2.Can-Do評価―学習タスクの開発
学習タスクとしてのCan-Do評価タスクの開発
精読・要約に関するCDSでの自信が低いという結果をうけ、それらの下位技能を補うため、精読・要約スキル向上を目的とした「Can-Do評価―学習タスク」の開発を行った。
・精読関連…「速精読(timed intensive reading)」タスクの開発。
・要約関連…「ディクトグロス(dictogloss)」タスク*⁴、「コピーグロス(copygloss)」タス
ク*⁵の開発。
以上のタスクの特徴:遂行すべき目標をCDSで明示している。評価とタスクが一体化して
いる。

※4ディクトグロス(dictogloss)…聞き取った文章のリプロダクションを行うこと。
※5コピーグロス(copygloss)…聞き取りに換えて速読した文章のリプロダクションを行
うこと。

Can-Do評価タスク実施におけるスパイラル・デザインと技能融合
Can-Do評価タスク実施にあたり、数値的評価基準を定めた。タスクは素材難易度をいくつか設け、次第に難易度をあげていきながら、スパイラルに自信をあげていけるようにデザインした。

<タスクどうしの補完関係・有機的結合>
「速精読」タスクと「ディクト・コピーグロス」タスクはそれぞれ異なる技能の向上を意図して設計されたようにみえるが、実際は下位技能どうしが情報保持能力という点で重なり合っている。そのため「速精読」タスクの実施が「ディクト・コピーグロス」タスクのCDSの達成を助け、「ディクト・コピーグロス」タスクの実施が「速精読」タスクのCDSの達成を助ける。
以上のように複数のCan-Doタスクを有機的に結び付けて展開することでタスク間の技能融合が可能になる。

Can-Do評価―学習タスク実施によるタスクの効果検証(2007年度三年次後期対象)
「速精読」タスク…週5回、全49回
「ディクトグロス」タスク…3回(不定期)
「コピーグロス」タスク…週2回、全8回

結果の検証:学習者は素材の難易度にしたがって、理解度に応じた読みの速さのコントロー
ルを行っていることがわかる。

このように、評価タスクが学習タスクとしても機能し、授業に組み込まれることにより、
自己効力を育てながら学習を促進することが期待される。

3.Can-Do学習モジュールの開発
出口を見据えた入り口からのCan-Doタスクの積み上げ
上位学年での学習タスクを見据え、その下位レベルのスキルを構築するタスクを開発し、組み合わせて実施した。開発したスキルは以下の通り。

・「速精読」タスクの下位レベルスキル構築タスク
→「多読サマリー(extensive reading summary)」タスク
文章を読み、1度目は辞書なし2度目は辞書ありでサマリーを書く。
・「ディクトグロス」タスクの下位レベルスキル構築タスク
→「センテンス・ディクテーション(sentence dictation)」タスク 
  1文単位のディクテーションを行う。
・「コピーグロス」タスクの下位レベルスキル構築タスク
 →「センテンス・サマリー(sentence summary)」タスク
  1段落程度のまとまった文章を速読し、展開まで含めて1文でまとめて書く。

加えて「ディスコース・コンプリーション(discourse completion)」タスクも実施した。
「ディスコース・コンプリーション(discourse completion)」タスクとは、3文で構成された文章の真ん中の1文を空所として、前後の文脈から類推して書かせるタスクである。このタスクは他のタスクと合わせることで様々な形で読みと書きを融合させている。

Can-Doタスクの有機的つながりによるモジュール型シラバスの展開
これらのタスクは、学習者のCDSの自己評価結果を見ながら軌道を修正しながら開発されており、授業中に適宜組み入れるモジュールとして、柔軟に組み合わせながらシラバスを構築している。

おわりに
「到達度評価のためのCDS」:内部基準に準拠したCDS。
「基準参照のためのCDS」:「到達度評価のためのCDS」に透明性・客観性をもたらす。
「スコア解釈のためのCDS」:テストにおけるCDS。具体的数値評価とともに利用。多くの場合「基準参照のためのCDS」と関連付けられている。
「診断評価のためのCDS」:教室における学習に焦点をあてた外部指標CDS。技能間のバ
ランスが取れている。「到達度評価のためのCDS」におけるス
キルの偏りを補う。

Can-Do評価―学習タスクに基づくモジュール型シラバス構築にあたっては、以上4種類のCDSのそれぞれの質的な違いを理解した上で効果的に組み合わせていくことが必要となる。そうしてできたCan-Doタスクを有機的に関連させなが展開し、授業内に位置付け実施していくことで、それぞれのタスクがモジュール的に機能しながら多様な技能が互いに関連づいていき、技能統合型の授業になっていく。
Can-Do評価―学習タスクはCan-Doリストと合わせて実施することで授業に学年をまたいだ具体的な関連性と連続性を持たせることができ、学習者が自己効力を育てながら学習を継続していくうえでの支援のための道具となる。
学習指導要領の改訂から波及する今後の技能統合型の授業の実現には、いかにモジュール的な発想から組み立てなおしていくかといったデザイン力がもとめられる。


参考文献
文部科学省(2011)『「スーパー・イングリッシュ・ランゲージ・ハイスクール」(セルハイ)の事業概要及び成果』, 国際教育課外国語教育推進室, http://www.mext.go.jp/a_menu/kokusai/gaikokugo/__icsFiles/afieldfile/2011/10/12/1293088_1.pdf, (閲覧日:2016年4月24日)
三宅和夫・北尾倫彦・小嶋秀夫編(1991)『教育心理学小辞典』有斐閣, pp.132