戸澤涼太 (2016) 『小学校英語教育における音素認識能力を向上させる指導の研究』

奈良教育大学教職大学院研究紀要「学校教育実践研究」, 8, 39-48

 

1. 研究の背景

2011年度から必修として実施されている小学校外国語活動では、「聞くこと」、「話すこと」についての指導を重視している。また、現在の小学校及び中学校の学習指導要領上では、文字の指導や「読むこと」の指導については基本的に中学校から行うこととされている。

2013年に文部科学省が提出した「グローバル化に対応した英語教育改革実施計画」では、2020年度に改訂される学習指導要領において、小学校での英語教育の「教科化」についての計画が示されている。そこでは、高学年の目標として「読むことや書くことも含めた初歩的な英語の運用能力を養う」としている。

 

2. 問題の所在

・會田・吉村(2012)は、中学校では「小学校で培った音声面での慣れ親しみを生かした文字指導」が行われていないことを示唆した。

・小学校では現在音声面を中心とした指導が行われており、そこから文字への指導に円滑につなげることが、小学校で英語教育を行う上で今後重要である。

 

3. 先行研究について

・柏木(2013)は、日本の英語教育で音声から文字への導入には音韻認識が重要であるとし、その理由として英語が表音主義から大きく離れていることを挙げている。

・音素認識能力とは、ただ音素を聞き分けられるというだけの能力ではなく、「単語がどのような音素から構成されているかを気づく力」などの、いわば「音素にかかわるあらゆる能力」とでもいえるようなもの。

・現状、小学校では音素に意識を向けるような学習は多く行われていないが、そのような活動を行うことは必要であると考えられる。

・伊藤・金澤(2006)は、音素認識能力を発達させることで単語の構造を分析・理解・解釈することができるようになり、単語の綴りに関する想像力・類推力が身に付くとしている。

・池田(2015)によれば、「音素認識」は「フォニックス」と混同されることが多いがこれらは基本的に異なる。フォニックスとは「言葉の音と文字を結び付けて考え、アルファベットの文字と発音の関係を教える理論」(リーバー, 2008)だが、音素認識は音の認識・操作などを含む概念・教育法である。

 

4. Communicative Language Teachingにおける明示的・暗示的指導について

・小学校外国語活動の中では、会話表現を扱う活動をメインにした形でCommunicative Language TeachingCLT)をもとに授業が行われている。小学校の外国語活動では、知識の定着を目的としておらず、文法構造などの明示的な指導は行われていない場合が多い。

・本研究では、従来の暗示的な音声主体のCLTを用いた授業を行っている外国語活動に、明示的な音声指導を加えて行うこととする。

CLTでは発音よりもコミュニケーション能力の指導が重視される傾向にあり、現在の小学校ではCLTを基にした授業で超分節的特徴(音韻認識の発達の基盤)を暗示的に指導している。

・本研究においては、従来のCLTを基にした授業では音韻認識の基礎である音素認識を養うことができないという考えから、音素認識を十分に養うためにオーディリンガル・メソッドを指導法としてCLTを基にした授業に取り入れる。

・オーディリンガル・メソッドとは、ミニマルペアを用いた明示的な音素指導を行う指導法である。

 

5. 本実践研究の課題・目的について

・本研究では、音素の指導を行う際にローマ字を利用するため、小学3年生を対象として実践を行った。

・本研究の具体的な研究課題は、@明示的指導によって児童の音素認識能力が向上すること、A明示的指導によって児童の英語の発音についての関心が高まることの2つである。

 

6. 研究方法

6.1 指導を行う音素について

・本研究では、聞き取り、認識が困難といわれる無声子音のうち、破裂音/k//p//t/の音素を扱う。

6.2 測定について

・研究課題@を検証するために、授業実践の事前・事後で、/k//p//t/3つの音素を対象に音素認識能力を測定するためのテストを行った。そこでは、受験者に向けてそれぞれの音素について6単語ずつ発音をした。受験者は発音された単語の中にターゲットの音素が含まれているかを認識し、含まれている場合は位置を「はじめ」「おわり」から選択し、含まれていない場合は「なし」を選択する。このテストにおいては、児童が問題の解き方を理解するために事前の練習問題を設けた。

・研究課題Aの検証のために、実践の事前と事後に質問シートを配布し、受験者の外国語活動や発音についての意識を調査した。

6.3 授業の単元・教材について

・本単元では、@積極的にあるものが何かと尋ねたり答えたりする態度を養うこと、Aあるものが何かと尋ねたり答えたりする表現に慣れ親しむこと、B日本語と英語の相違点や共通点から言語について興味を持つこと、C単元の学習を通して音素認識能力を養うこと、を狙いとしている。

・この狙いのもと、“What’s this?” の表現を使って児童がクイズを作成し互いにクイズを出題しあうという活動に向けて、表現の学習を進めていく。また、単元の最後にはクイズ大会を実施した。

・授業では、@児童にとって身近な単語、A中学校英語の6社の教科書に共通して掲載されている単語、B単元の内容に含まれる単語、C(音素を聞き分ける必要性を認識させるため)ミニマルペアの単語、という条件のもとpenpetnetneckcatcapmapmattiepieteakeyを扱った。

6.4 指導について

・児童の意欲を向上させるために指導者が児童にあらかじめクイズの手本を示したり、児童の積極的な表現を導くために児童が描いた絵を使ったクイズを行ったりという工夫をすることができる。

・音素認識能力を養う指導については、児童に音素を注目させるために個々の音素を発音させたり、児童に見本となる音をビデオなどで聞かせたりする活動を取り入れるとよい。発音に抵抗がある児童には、机間指導の際に声をかけ、指導者が一緒に発音するという指導も必要に応じて取り入れるべきである。

6.5 単元計画

・授業実践では、「クイズ大会をしよう」という単元を5時間行った。

・本単元の目標は以下の3つ。

@あるものについて積極的にそれが何かと尋ねたり答えたりしようとする(コミュニケーションへの関心・意欲・態度)

Aあるものが何かと尋ねたり答えたりする表現に慣れ親しむ(外国語への慣れ親しみ)

B日本語と英語の相違点や共通点から言語について興味を持つ(言語や文化に関する気づき)

・本単元で使用する単語の発音練習の際に、音素認識能力を養う指導を行った(表1参照)。

 

8. 結果と考察

8.1 研究課題@

・「テストで行った/k//p//t/のそれぞれ6問の正答数」、「提示された音素が初めにあった場合」、「終わりにあった場合」、「音素がない場合のそれぞれ6問の正当数」、「合計点」のそれぞれにおいて事前事後で対応のあるt検定を行った。

t検定の結果、「/k/の点数」、「はじめの点数」、「合計点」で優位な上昇がみられた。それ以外の点数では、有意な差が見られないがすべての点数が向上していた。

・本研究でも先行研究と同様の結果が得られたかを検討するために事前事後合わせて「はじめ」の点数・「おわり」の点数・「なし」の点数の平均の比較を行った。

・結果、「はじめ」の点数が「おわり」の点数・「なし」の点数より有意に低いことが示された。「おわり」の点数と「なし」の点数の間にも有意な差が示された。これは先行研究と同様の結果であった。語頭の子音を認識することが児童にとって困難であることが示された点について、日本語は英語に比べて開音節が多い言語であり児童もCVで一つの音として聞いていることが考えられる。また、英語の音節はonset(頭子音)とrime(ライム)によって構成されており、このような英語の音節構造が日本の子供にとって身近なものではないということも、原因の一つであろう。

8.2 研究課題A

・質問シートの結果と児童の授業後の感想から、明示的指導によって児童の発音に対しての意識が変化し、児童が英語の発音について関心を持ったということが示された。

・児童の記述から、ミニマルペアなどを用いて明示的指導をしたことで、音素の発音を正確に行わなければ単語の意味が伝わらないことなどを児童が実感し、発音することへの意識が変わったのではないかと考えられる。

 

9. 結論

・結果と考察より、従来の意味のやり取りに焦点を当てたコミュニケーションを行う外国語活動の授業に音素認識能力を養う明示的な音声面の指導を取り入れることによって、児童の音素認識能力が向上すること、英語の発音に対する意識が変化することが示された。

・本実践では、コミュニケーション活動の中で注意して発音しなければならない場面を設定した。それにより児童は、正しい発音を行わなければ間違って伝わることに気づき、正確な発音をすることが重要であると考えたはずである。

・今回の実践でテストの成績が事前よりも事後で低下した児童が5名いた。その児童らは、音素を認識する際に十分に意識を向けることができなかったために音素認識能力が向上しなかったと考えられる。

 

10. 今後の課題

・本研究における研究課題はいずれも一定の成果を得ることができた。今後は児童の向上した音素認識能力をどのように文字指導に接続させるかという点について検討していく必要があるだろう。

・今回、音韻認識能力のもっとも基礎となる能力である音素認識能力の一端を養うことができたが、本研究では音韻認識能力との関連を調べるには至らなかったことも今後検討していくべき点である。

 

〇ディスカッションポイント

・小学校中学年からテクニカルタームを利用した専門的な教育をおこなうことがほんとうに妥当なのか。

/k//p//t/以外の音素で、今回のような音素認識能力向上のための指導を行い、成果を上げることができるか。

・今回養うことができた児童の音素認識能力を、中等教育以降に向けた音韻認識能力の育成につなげる手段にはどのようなものが考えられるか。

 

〇授業を終えて

・小学校中学年で明示的指導を行うべきであるとはいえ、テクニカルタームを用いたり音素表記を覚えさせたりという指導は妥当ではない。なるべく専門的な表現や用語は小学生にもわかりやすい易しい表現を用い、具体的な例示を連ねることによって学習者の理解を促すべきであろう。

・この論文で示されている教育法では、小学生に専門的内容を完璧に理解させることを目的としているわけではない。ここでは音素に対する認識・興味を持たせるだけでも意味があると思われる。文法・読解などの煩雑な指導が行われていない小学校の時期だからこそ、音韻認識能力を伸ばすための準備をすべきだといえるだろう。

/b//v//l//r//s//θなどの音素は、中学生や高校生でも聞き取りが困難な場合がある。本論文では、/k//p//t/3つの音素を対象としていたが、この教育の延長線上でそのような音素の識別能力も養っていくことが可能だろうし、またそれは期待されるだろう。

・今回養った児童の音素認識能力を中等教育以降で必要な音韻認識能力につなげるためには、小学校高学年でも継続してこのような音素認識能力の地力を鍛えていく必要があるだろう。そこでは(ローマ字との混同を避けつつ)発音記号を指導することが効果的だと考えられる。発音記号は、教室内でも「中学ではほとんど習わず、高校でもあまり体系だった指導がされなかった」という声が多かった。それだけでも、小学校で発音記号を学び始めることの意義があるだろう。