論文1

Cem Alptekin and Gülcan Erçetin(2010).The role of L1 and L2 working memory in literal and inferential comprehension in L2 readingJournal of Research in Reading, 33, 206-219.

(本稿ではワーキングメモリ=WMとして記述する)

 

概要

本論文はL1L2のリーディングスパンとL2リーディングの関係、特にL2リーディングの逐語的理解と推論的理解との関係について考察したものである。実験の結果、L1のほうがより正確な情報ではあるが、その蓄積できる容量にL2との差はないこと。L2のリーディングスパンとL2リーディングの推論的理解との間にのみ有意差がみられることがわかった。

 

先行研究

・現在、スパンタスクがWMの容量を量るもっとも一般的な方法として知られている。

・個々人のL1L2WMの容量は似た傾向を示す

WMの容量が大きい学習者はL2の読解力が高い傾向にある

L1WML2WMの容量はそれぞれL2の読解力と相関があるが、L2WMのほうが強い相関を示すとされている

・先行研究においてWMの容量とL2読解力の関係について述べる論文は多く存在するが、読解力の内容について指摘する論文は少ない

 

目的と仮説(リサーチクエスチョン)

本論文ではL2の読解を逐語的理解と推論的理解の二側面に分け、スパンテストの結果からL1L2それぞれのWMとの関係性について論じる。

RQ1:タスク処理とWMの容量は、L1L2のスパンテストの間で遂行上の違いが見られるのか

RQ2L1L2のリーディングスパンには関連性があるのか

RQ3L1L2それぞれのリーディングスパンはL2読解における逐語的理解と推論的理解と関連があるのか

先行研究からの結果の予想

RQ1→各項目においてL1の方がL2よりも優れた傾向にある

RQ2L1L2の間で相関関係がみられる

RQ3→逐語的課題、推論的課題はともにL2のリーディングスパンテストとより強い関連性を示す

 

実験

協力者

トルコ人英語学習者43名 TOEICの平均スコアは550

 

方法

    協力者をランダムに分け、L1L2のリーディングスパンテストをおこなう

    前回とは違う方のリーディングスパンテストをおこなう。

    テキストに明示的に答えが書かれた問題10問とテキストに暗示的に答えが書かれた問題10問が記載された、多種選択式の英文読解問題を解かせる。

リーディングスパンテストは提示する文を一定時間で読んで、文法的誤りがないかと最後の一文字を再生させるという方法で処理と保持の観点から評価する。また、処理と保持の合計得点をWMの総合評価(容量)とする。

 

結果

・協力者はリーディングスパンテストにおいて、処理と保持の両観点でL1の方が優れた傾向にあった。しかし、保持についてのその差は、処理に比べて小さかった。

L1L2WMの容量に関して、両者の間で相関が見られた(L1WMの容量が大きい協力者はL2WMの容量も高い傾向にある)

L2の処理と容量の二項目だけが推論的理解との重要な関連を表した。これに上記のことを考慮すると直接的ではないが、L1WMと推論的理解の関連性も期待できる

WMの容量と逐語的理解には関連性が見られなかった

RQ1.2に関する予想は的中したが、3に関しては異なる結果がでた

 

議論と結論

L2のリーディングスパンテストにおいては認知的処理に負担がかかっているため実質的なWMの容量は変わらないと考えることができる

WMの容量は、ほとんど言語に依らずに決まっている

・逐語的理解はWMと関係がない

・保持能力と推論的理解の間に相関がみられなかったのは、記憶のバイアスともいうべき問題のため、推論がうまく働かない可能性がある。つまり、文章の記憶を変化させることができないということである。

WMの容量が大きい学習者は推論能力に優れる。

 

論文2

辰己明子(2016).『日本人英語学習者のワーキングメモリ容量と翻訳過程でのこだわりに関する事例研究』Naruto English Studies, 26, 107-120

(本稿ではワーキングメモリ=WMとして記述する)

 

概要と先行研究

近年、翻訳研究においてもテキスト情報の処理と保持がおこなわれていることが明らかになっているが、それについて扱った論文は少ない

本論文において翻訳と英文和訳を以下のように定義づける

 

英文和訳:文脈を考えずに語や句を訳すこと。L2習得の手段。記号レベルでの解読と表層的な記号変換作業であり、教室において原文の語句や文構造を理解できているかを確認するために使われる。辞書の訳語を当てはめ、機械的変換を初期化したものであり、質は問われない。コミュニケーションという視点を介さない。

 

翻訳:文脈を考えて訳すこと。原文の語句や文構造を的確に理解した上で、目標言語を使って第三者にわかりやく伝える。より正確に伝えるために文化的違いなど言外の意味を汲みとり再生に利用する。コミュニケーションという視点を介する。

 

本実験では渋谷(2010)の日本人英語学習者の翻訳プロセスの理解モデルから観察する。

検証課題

RQ1:ワーキングメモリの容量により、学習者の翻訳過程でのこだわりは異なるのか。

本論文では学習者の翻訳過程のこだわり=翻訳過程における、翻訳者が立ち止った箇所と訳文の修正個所についての葛藤と定義する

 

実験

協力者

英語教育を専攻する大学院生3名 翻訳に関する専門的な教育は受けていない

 

実験材料

Sunshine English2よりマザーテレサに関する対話文

 

方法

   リーディングスパンテスト(本論文では発音+語の再生)でWMの容量を測定する

   時間制限なしで実験材料を翻訳させる(作業を録画)

   録画映像をもとに、立ち止った箇所に関して質問、インタビュー

 

結果

協力者ARST3.0点、作業時間258秒。こだわりを持った箇所2。背景情報に注意を払っていた。

協力者BRST2.0点、作業時間257秒。こだわりを持った箇所1。翻訳によるこだわりがあまり見えなかった。

協力者CRST3.3点、作業時間351秒。こだわりを持った箇所4。一文一文に対して背景情報を考えながら訳をしていた。

 

RSTの点数が高い協力者ほど、課題遂行中に多くの箇所で立ち止まり、課題に時間をかける傾向にあった。このことはRSTの点数が高い協力者ほど、課題中に推論が働いて単純な逐語訳ではふさわしくないと考えていたからであると予想ができる。

対話文における”little boy”Cは「男の子」、ABは「少年」と訳す違いがみられた。この一点に関しても渋谷(2010)の理解モデルのうちRSTの高い協力者ほどルート(2)のプロセスをたどっていることがわかる。

本論文では質的実験のため協力者の数が少ないという限界点を認めながらも、RSTの得点が高いほど学習者はこだわりをもった翻訳をおこなうと結論付けている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

考察

論文①から、WMの容量が大きい学習者ほど、推論的理解の能力に優れるということがわかった。論文②から、WMの容量が大きい学習者ほど、翻訳の際、背景知識の活性、推論がおこなわれているということがわかった。以上のことをまとめると、WMの容量が大きいほど、推論の自動生成がおこなわれているのではないかという仮説が立つ。

さらに、論文①より、逐語的理解はWMの容量と関係がないこと、論文②より、WMの小さい学習者は翻訳ではなく英文和訳(記号レベルでの解読と表層的な記号変換作業)をおこなう傾向にあることがわかった。つまり、WMの小さな学習者は文を文のまま捉える傾向にあるという考えができる。WMの小さな学習者は推論が働かないがために、文章外の理解が追い付かないのである。

論文①の先行研究では、WMの容量が大きい学習者ほど英文読解能力に優れる傾向にあると述べられていた。さらに、一般的に知られるところ、WMの容量はトレーニングによって増加することがない。このことだけを見てみると、WMの容量によって学習者の英文読解能力が決まってしまうということになる。WMが小さい学習者はWMを大きくすることができないのだから、英文読解能力を向上させることができないという結論に至ってしまうのである。

しかし、上記でまとめたように、WMの容量によって異なるのは推論の生成、言外の意味の理解の有無である。WMの小さな学習者であっても、推論の生成をおこなうことができれば、英文読解能力を高めることができるということである。WMの容量が大きい学習者は読解中、その容量に空きが生まれるため推論をする余裕が生まれるという考え方もできる。しかし、前回発表において紹介したチャンク読みなど、WMの負担を減らすことは可能である。そうすることができれば、推論をする余裕が生まれる。この推論をおこなう余裕を生むためには、WMの容量に推論処理が入り込むだけの空きを作る必要がある。そのため、WMの負担を減らす、推論そのものの処理負荷を減らすといったことが要求される。こうした能力を高めるトレーニングを積むことでWMそのものの容量を増やすことができなくとも、学習者の読解能力を向上させることができるのである。

結論として次の二つのことを挙げることができる。「英文読解テストにおける推論問題は、逐語的問題に比べて高次的問題である」、「WMの小さな学習者でも推論の生成ができれば英文読解能力が向上する」。

 さらに推論の生成をさせるためには①WMの負担を減らす、②推論自体の負荷を減らす、の二つの方法が考えられる。この二つの方法を学習者にとらせるための学習指導案として以下を挙げることでまとめとする。

 

    チャンク読み練習、音読(流暢さを高めるため)

    読解方法の教示、多読、翻訳(英文和訳×)、推論問題の反復