異文化言語教育評価論ⅠA

2016/05/18

E.N

行森まさみ(2011). 高校生の会話における対人コミュニケーション指導の効果

EIKEN BULLETIN, 23, 164-174

 

概要

n  本研究は(1)高校生の英会話における対人コミュニケーションへの意識と動機づけの関係、(2)指導・練習という教育介入を受けることによる意識と動機づけの変化を明らかにすることを目的としている。

 

1.         はじめに

n  日常的な会話は話し手と聞き手の相互行為であるため、対人コミュニケーションの指導が不可欠である。

n  今や英語を学ぶ目的が、世界中にいる英語の非母語話者と意思疎通を図るためだということも念頭に置いて話すことも求められている。

n  英会話が成功したときの達成感や、他者との相互作用による対人関係の充実は英語のスピーキングに対する動機づけにもなると期待できる。

n  よって本研究では対人コミュニケーションを意識することでいかに高校生の英会話が変わるのか、そして会話と学習の動機づけの関係について調査し検証する。

 

2       先行研究

2.1       対人コミュニケーション

n  正常な会話は話し手と聞き手の協力的行為であり、発話はその状況や相手への配慮などとあいまって文字通りの意味を超えて相手に意図を伝達する(Grice, 1975)。

n  相手への配慮(ポライトネス)は良好な人間関係を築いたり維持するための言語行動である。特に、他者に理解されたいという欲求を「ポジティブ・ポライトネス」といい、他者に邪魔されたくないという欲求を「ネガティブ・ポライトネス」という(Brown and Levinson, 1987)。

n  日本の英語教育ではポライトネスの研究成果が十分に取り入れられていない(堀他, 2006)。高校の教科書ではポジティブ・ポライトネスの例は非常に少なく、大学生にポライトネスの指導をしたところその会話の質と量があがった(村田, 2004)。

n  母語である日本語においてもポジティブ・ポライトネスの重要性は指摘されており、日本人も相手との心的距離を縮めるために相手に配慮した言語行動をしている(宇佐美, 2001; 滝浦,2005)。

 

2.2       学習者の動機づけとの関係

n  ポジティブ・ポライトネス・ストラテジーを積極的に行使することが英語学習者の動機づけに影響を与えると考えられる。

n  外国語学習の動機づけに関する研究では「他者とのかかわり」を枠組みに入れることの必要性が指摘されている(Ehrman, Leaver, & Oxford, 2003)。

 

3       研究の方法

3.1       目的

RQ1       高校生の英語での会話における相手への配慮や会話への貢献にはどのようなものがあり、それは英語での会話に対する動機づけとどのように関係しているのか。(現状調査)

RQ2       指導・練習という教育介入を受けることによって、意識と実際の会話や動機づけはどのように変化をするか。(事後調査)

 

3.2       調査協力者と調査実施時期

n  協力者は高校2年生64

n  実施時期は同じ年度の9月から2月の間

 

3.3       手順

     質問紙

n  話し手と聞き手相互の配慮や会話の貢献度についての項目を取り入れた。

n  非言語行動(ジェスチャー、アイコンタクトなど)の項目も取り入れた。

n  5件法の質問紙を用意した。

     会話の録音(現状調査)・分析

n  ペアをつくり、トピックは各ペアで自由に選び、その会話の録音を行った。

n  録音されたデータを書き起こし、相手への配慮や会話への貢献などの表出状況の分析を行った。

     質問紙調査の実施・分析

n  会話録音後すぐに質問紙調査を実施し、得られたデータから現状の会話での意識の状況と、スピーキングに対する動機づけの相関性を分析した。

     指導の実施

n  英語スピーキング練習を毎週1回、計8回実施した。その際話し手は聞き手の理解を確認し、質問されたらできるだけ詳しく返すこと、そして聞き手は話に関連のある質問をしたり聞き手からも話題提供することについての意識喚起を行った。

     会話の録音(事後調査)・分析

     質問紙調査の実施・分析

n  質問紙調査の事前・事後の変化についてt検定を用いて分析し、また相関関係についても検証した。

 

4       結果と考察

4.1       リサーチクエスチョン1

4.1.1     質問紙調査結果(表2参照)

n  事前調査では非言語行動についての項目で高い意識がなされていた。それに対して言語行動については意識が低く、非言語行動の項目間とt=-2.62, p<.05で有意に差があった。

4.1.2     録音した会話からの分析

n  全体として会話の停滞や話題の変更、沈黙が多く見られた。

n  聞き手は相手が話した内容をより深めるための反応・質問が欠落しており、会話がそこで停滞している。

n  調査協力者たちはある程度互いを知っており、相手が興味を持ってくれそうな話題を選ぶことができた。

n  自分が話している内容を相手が理解しているか確認しながら会話をすすめておらず、会話が行き詰ってしまっている。

4.1.3     動機づけとの関係

n  話し手の言語行動として「相手に返してもらえるような話題や話し方をした」という言語行動と満足感・達成感にはそれぞれ相関係数がr=.43, p<.01, r=.49, p<.01と中程度の相関があった。

n  聞き手の言語行動も話し手と同様に、「あいづちにプラスもう一言」という意識をすることに動機づけ項目との相関がみられた。

n  充実感との相関がみられたものの中には「オーバーにリアクションをした」(r=.36, p<.01)や非言語行動のジェスチャー(r=.35, p<.01)などがあった。

 

4.2       リサーチクエスチョン2

4.2.1     質問紙調査結果

n  2の変化量はt検定の結果の数値を示したものである。

n  指導で焦点を置いた「聞き手にも会話に参加してもらえるような話し手の配慮」や「もう一言付け加えて話し手も聞き手も会話に貢献」といった項目は、指導の前後において特に大きな変化が確認された。

n  聞き手として「相手の話へのリアクションや共感」といった項目についての意識にも大きな変化がみられた。

n  事前調査では非言語行動と言語行動の意識に有意な差がみられたが、今回は有意差は認められなかった。

n  動機づけの項目では達成感と期待感の伸びが確認できた。

4.2.2     録音した会話からの分析

n  伝えたい内容が英語ですぐに出てこないために起こる沈黙は事前調査と同様事後調査でも起こっていた。

n  事後調査ではひとつの話題について長く話す例が多くなっていた。話し手と聞き手が一言付け加えることで会話に貢献しようとする意識が働いた結果だと考えられる。

n  さらに話し手と聞き手が互いに会話に貢献しようとすることで会話の停滞が回避された例も見られた。

4.2.3     動機づけとの関係

n  指導・練習をして言語行動についてその意識が高まった項目とそうでない項目とで、それぞれ動機づけとの相関を検証した。

n  指導により意識が高まった項目はほぼ動機づけの項目と相関があるが、意識の高まりが確認できなかった項目でも動機づけと相関のある項目があった。

n  指導・練習という教育介入による意識の変化のみが動機づけを高めているとは言えない。

 

5       結論と課題

n  事前調査では英語での会話時に言語行動よりも非言語行動をより意識していることがわかった。これは具体的な言語行動の方略の意識が薄かったためと考えられる。

n  聞き手に対する配慮や、話し手・聞き手相互の会話への貢献についての教育介入を行ったところ、指導を行った言語行動については意識の高まりがみられた。

n  動機づけについては教育介入による意識の変化のみが動機づけに影響を与えるとは言い切れない結果となった。よって対人コミュニケーションの意識と動機づけを高める要因との関係性についてはさらなる検討・調査が必要である。


 

表1:言語・非言語行動と動機づけに関する項目の相関係数(事前調査時)

 


 

2:質問紙調査の結果(平均・標準偏差・変化量)

 


 

3:言語行動の意識と動機づけの相関係数(事後調査時)