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 リード=葦

 木管楽器に限らず、たわみ振動をする薄い板をリードと呼びます。これは、言うまでもなく「葦(reed)」から来ています。葦とリード(振動板)は切っても切れない関係にあると言えるでしょう。このページでは、「なぜ葦なのか」を中心に、葦とリードの深い関わりについて述べてみたいと思います。なお、ここではクラリネットのリードという前提でお話しします。

 葦 vs.木

 プラスチックやFRP(繊維強化複合樹脂)といった人工材料が実用化されたのは20世紀に入ってからです。したがって、クラリネットの進化の過程(レジスターキーが発明された17世紀〜キーシステムが完成した19世紀)で、葦のライバルになり得たのは木ぐらいでしょう。葦は木に比べて

1) 割ったり削ったりしやすい
2) 水を吸ったときの(かたさの)変化が小さい
3) より大きな変形(曲げ変形)に耐えられる

といった利点があります。ただ、これだけで葦が「グローバルスタンダード」になったとは思えません。なぜなら、葦は木に比べて

1) 材質のばらつきが大きい(不均質性)
2) 一部の成分の溶出に伴って、その性質が大きく変化する(不安定性)

という欠点もあるからです。また、そこら中に葦が生えている南仏ならともかく、ヨーロッパの内陸〜北部では、葦より木の方がずっと身近だったはずです。 以下、私の個人的な見解ですが、「最初のリードが葦で作られた」ことが、今なおリードに葦が使われている最大の理由だと考えています。

 まず葦ありき

 多くのリード楽器の祖先は古代の葦笛だと考えられています。つまり、リードも管体も葦でできていたのです。ところが、楽器の発達とともに、管体にはより硬い材料が使われるようになりました。管体の材料を変えても音色が大きく変化することはありませんし、硬い木の方が精密に加工でき、正確な音程を得られるからです。

 一方、リードの材料を変更するにはかなりの勇気が必要です。リードの材質が吹奏感や音を大きく左右するからです。そして、葦笛を祖とする以上、葦のリードから生まれる音が「オリジナル」であり「スタンダード」です。したがって、葦以外の材料でリードを作ろうと思ったら、できるだけ葦に近い性質を持った材料を探さなければなりません。

 しかし、材料科学がめざましく進歩した現代でさえ、葦に近い材料を見つけたり、創り出したりすることは容易ではありません。そもそも葦が容易に手に入る状況では代替材など不要です。こうして、多くの管体が柔らかい木から硬い木へ、硬い木から金属へと変化する間、リードには葦が使われ続けました。

 葦はデファクトスタンダード?

 茶道がヨーロッパで完成されていたら、Arundo donaxでできた茶筅(ちゃせん)がスタンダードになっていたかもしれません。クラリネットが東アジアで完成されていたら、竹のリードがスタンダードになっていたはずです。

 なぜリードは葦なのか、という問いは、なぜOSにWindowsを使うのか、という問いに似ています。Windowsの長所を否定はしませんが、それだけで世界標準になったわけではありません。

 葦も同じだと思います。長所も確かにあります。でも葦を調べれば調べるほど、「葦でなければならない」とは思えなくなります。別のページで述べるように、葦は決して「均質」で「安定した」「扱いやすい」材料ではありません。にも関わらず葦が今なお使われ続けているのは、葦に近い性質を持ち、安価で、加工しやすい材料がまだ見つかっていないからです。その意味で、葦は一種の「デファクトスタンダード」だと考えています。葦に限りなく近い画期的なリード材料が現れない限り、葦の地位が揺らぐことはないでしょう。

 なぜArundo donaxなのか (他の葦や竹ではだめなのか)

 ひとことで葦と言っても、Arundo donaxによく似たものは何十種類もあります。竹も含めればその数はさらに増えるでしょう。それらの中には、Arundo donaxに近い性質を持ったものもあるはずです。

 ただ、既に大規模に商用栽培されているArundo donaxを他の葦に切り替えるメリットはほとんどありません。したがって、他の葦がArundo donaxに取って代わるようなことはないでしょう。

 竹については、代表的なマダケやモウソウチクが葦に比べて「重く」「堅く」、竹リードの音色が「硬い」ことが指摘されています。リードにするなら、より小径で葦に近い種類の竹を選ぶ必要があるでしょう。ただ、葦の欠点である不均質性や不安定性は、多くの竹にも共通する性質です。したがって、よほどのメリット(コストを劇的に下げられる等)がないかぎり、竹リードを実用化する意味はないと思います。

 やはり南仏産がよいのか

 Arundo donaxは、育つ場所を選ぶほど弱くありません。スペイン、イタリア、黒海沿岸、メキシコ、アルゼンチンなど様々な場所でリード用の葦が栽培されています。 振動特性に限って言えば、産地による明確な差異はないようです。また、乾燥条件(乾燥の際の温度や湿度)が振動特性に与える影響もほとんどありません。ミストラルがどうのこうの、とまことしやかに言う人もいますが、人工的に管理された環境で乾燥した方が腐朽や異常収縮を防げる場合もあります。

 現段階では、「南仏の葦が他の地域の葦より優れている」「南仏の気候がリード造りに最適である」といった南仏神話は、「神話」の域を出ていません。 少なくとも、産地や乾燥条件が葦の材質に与える影響は、個体や節位置の違いによる材質のばらつきや、わずかなカットの違いによる吹き心地の違いに比べてはるかに小さいと考えられます。

 もちろん、様々な産地の葦を1万本ずつ集めて徹底的に調べれば、何らかの違いがでるかもしれませんが、あまり意味のあることとは思えません。 最近では、スペイン産の葦がフランスで加工され、Made in Franceに変身したりしています。このような状況では、葦の産地を議論すること自体ナンセンスです。メーカーによって吹き心地が違うとしたら、それは産地の違いではなく、葦の選別方法やカットの違いを反映しているのではないでしょうか。